俳句 3月 虎の贖罪   竹岡一郎

俳句3月

虎の贖罪   竹岡一郎

地平には血泥うづまき降誕前
迫る聖夜、弾頭に迫る使用期限
千年を火薬に烟る聖樹たち
王喰らひ王を宥して禿鷹凍つ
雪として肉売る女、雪を嚙み
父は無く木の股が母 雪が姉
氷柱なす腕 かつては虎を愛しめる
竹馬は熾れる灰の国歩む
乳房あれ 人日の暗黒にこそ
人造の雪女 片恋の結晶の
先王の削がれた顔へ灼ける雪
眼窩より瞳が浮き上がり雪認む
「空気がない」といふが肺悴めるだけだ
雪女たれ傲然と狩りゆけよ
北極を溶かし続くは鯤の歌
海割つて異言、失踪の聖女より
無垢の翅、降り注ぐとき猛毒の
瞋恚のインク、慰霊碑に無き名の血
ねぢれた人魚のオパール化した化石
姉妹、虎塗り込めし城壁にすがる
霙、御使ひが爆死したやうな
みづから唇を裂き 虎真似る私兵
ふさふさの尾が火事跡の金庫から
薄味の町を整へるため血泥
流沙へ蒔く 歯のさまざま 海色に咲け
野は縮む 機銃へ鳩の霊なげうち
吹き飛ばされた四肢べつべつに花へ這ふ
深淵に花したたらせ思春期果つ
呪詛に蝶にまみれし遺髪嗅いでみよ
海面を出づる弾頭子供の日
人魚と化す 虹と交りし咎重く
鱗の手大切さうに少女撫づ
応召や焚書全うされて夏至
御使ひ達が海岸線を齧る響き
聖女、熱砂に薫り乾ぶ 虎呼ぶため
空爆や生まれることを拒む獏
碾かれたる人骨なのか砂嵐
龍巻が千切り混ぜ捏ね各国語
虹に阻まれてぐにやぐにやする行軍
病むに非ず涸るるのみにて極まれり
生きてゐる証の糞や仰臥の兵
白き牀 陽は浄ら 直ぐ爆風
鳩降るや廃墟に真珠吐く娼婦
なめらかな墓や額や花火映え
町の底 双頭の魚煮て少女
蟬のため木となる人を撃たないで
羽風が揺らす 棒に等しき墓たち
たどたどしく 四角く 血をなすり遺す
電脳へ霊を移す 仰げば空爆
空母かぎろふ 海峡を煮凝らせ
光の脚のみ歩める血泥 雹めり込む
赤道をひたすら伸びる鉄の雲
「邦はもみぢの候」砂を彩る薬莢
悼めよと虎が呉れたる牙 眠らう
わが嚥みし悪霊が見るわが熔岩
いくたびも王と生れては虎の贄
舞ふや 面紗の奥 彗星匿へる
名も服も剝がれし女 鉄まとふ
銀河の翳へ ひよわな世継ぎ産む
地獄の児、たへず裁かれつつ育つ
初恋や少年饐えて弾籠める
歯よ 教祖を碾き潰すため 白い
智慧の実撃つ 原罪の汁が這ふ 蛇へ
キャタピラ 肉でびしよ濡れの道 砂撒け
聖堂の合鍵として雁の羽
融けてゆく史書 冷えては煌めく
虎と訣れ さて自決する弾はあるか
此のいくさ砂漠をガラス化するだらう
日暦 殉死の針あまた立つ 牙よ
面紗はためく、唇を飛び去る苦き星
綾なして聖女の身ぬち巡る砂
硝煙の匂ばかりを砂は吸ひ
メソポタミア けふ軽快に死が飛び交ふ
砂が立ち上がる 虎が悪夢に酔ふとき
飲まれざる母乳が熔かす銃やドル
陥没の町の真中に撮られ家族
空母搦め、悲母たちの諦めの髪
鉄骸 長夜 掃射の光 よぢれる窓
骸とは云へぬ炭 戦車が均す
引金絞る 誰の歯を散弾として
狂女の跛行が創る国境線
火をまとひつつ ゆくりなく跪拝
聴け、聖地へとぐろ巻く屠殺の歌 
灰降り 魂振り 架刑の景 鉄したたり
緋の砂漠 地核より蛇滲み出す
嗅げ、雲は饐え 葡萄酒灼け 香油錆び
もはや戦でなく 審きへの足搔きだ
すでに涸る 井戸が 黄泉が 声無き季が
斑の砂の 光球の 黒雨の 詔の
見よ、聖地も瀆神者も 等しく熔く
砂漠に犇く歯 地続きの幽明
軍総べる手が一斉に腐り落つ
虎、あざやかな風紋となれよ聖地へ
聖獣と化し 兵站もろもろを喰らふや
襤褸の児 虎を看取りて後光帯ぶ
錐 或る羽根に差し込み 黎明を解析
鷲の夢 砂漠の義足職人も
灯台に醒めをる獏の舌純白
差し伸べた手を斬られたが直ぐ生えた
ふたたび虎は殖え 虎に乗る乙女ら

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