俳句
「俳句時評」は冨田拓也さん。これで四人の時評執筆者が一巡しました。当然といえば当然なのですが、それぞれ持ち味が全く違いますね。冨田さんの文章は、時評といっても三十年くらいのタイムスパンを持った時評です。
作品は今回、二本立てです。そのうち男波弘志さんは、これを第一回として以後、月いちペースで作品を連載してくださることになりました。もうひとつは、SST(榮猿丸+関悦史+鴇田智哉)による実験作品。どこがどう実験かについては、関さんによる解題をお読み願います。しかし、この二本立ては嬉しい。これにて現俳句界の最も活きのいいアラフォー作者四人の顔が揃ったからです。お楽しみください。(TR)
自由詩
「詩歌梁山泊」ウェブマガジン「詩客」4号を刊行し、創刊からほぼ1月になった。今週では、男波弘志さんや野村喜和夫さんの力作に加えて、STTのお三方の実験作も掲載することができた。また時評も、三詩型それぞれからの、現在への問いかけが見られ、たいへん興味深く思えた。また、「戦後俳句を読む」や「私の好きな詩人」は良いナビゲイトとなると思う。
第1回「実行委員会」からほぼ一年、第1回のシンポジウムを経て、何とかここまでたどり着くことができた。アクセス数も1万4千を越え、多くの方の読んでいただいたことになる。
しかし、良いことばかりではなく、今回は短歌の作品を落としてしまった。原稿依頼のつめが甘かった反省することしきりである。今後はこのようなことがないように、充分最後まで詰めるように心がけたい。
執筆者を始め、協力していただいた方と、読者の皆さんに深く感謝いたします。ありがとうございます。(MM)
今週の「俳句時評」を読みながら、技術や文化が多方面において変わってしまう時代において、個々人の研鑽によって積み上げた経験知とでも言うべきことがらと、バズワードとしての「伝統」を区別してみすえないといけないなと感じさせられます。
最近アメリカのW.C.ウィリアムズの詩を原文で読み始めました。、エズラ・パウンドやウィリアムズなどイマジズムと呼ばれる作家は俳句の影響を強く受けているそうです。彼らの作品を俳人が翻訳したらどのようになるのだろうかと辞書を引きながら考えています。そんな風に考えるのも詩客のおかげです。(IM)