北鎌倉 石田瑞穂
春の嵐が過ぎ去った後の
陽射しの強い日
ほんの小さな若葉でさえも
自意識に
挿し貫かれているような日に
海からの風が
松の木々にあたって
音をたて
光の噴水をかきまぜると
やがて
ひとつの意味が
ひとつの世界が現れる
それを元に戻すことはできない
ぼくらが愕き
瞬いている間にも
蜘蛛は巣にしがみついて
風の世界で揺れている
夜釣り
夏の夕方に川を遡って湖へ抜ける
道を急いでいると それは
忽然と現れる
削りに削りとられて最後に残った月が
錆色に輝く遠い西の山並みにひっかかると
少年たちは釣竿を
十字軍騎士の剣のごとく高らかにかかげ
遠征の成功を誓った
湖水が月の光に静かにひざまずいている
岸辺に着くと 小さな水の火花が
パシャ パシャ と 連写するシャッター音
のようにあがっていて
湖一面に無数の鱒が跳ね踊りながら
空から舞い落ちるなにかを食べている
薄青い闇を見上げるとそこには
真夏の雪空が広がり
大量の幻の雪が舞ったようになって
視界を遮った 朝になれば
羽化したばかりのオオシロカゲロウの死骸が
家々の軒や鉄塔や道路を
偽の火山灰のように覆うだろう
車がスリップして大人たちは悪態をつくだろう
小さな町の日常の蝶番に罅が入り
学校も休みになる たった今
月光に乱反射し 別世界からの
手紙の文字のように舞い落ちてきた凍光を
手に
切手ほどの町の小さな風景を
ちょっとだけ編み変える
謎の光の受け渡しに参与できたことを