空   野木京子


空   野木京子

おもてを下へ向け 地中へわたしの芯をこぼしてゆくと
崩れた月の色 「幻の人」は現れでて 頭上を通りすぎていった
そしてその細い尾をとらえようとした わたしは
時間が閉じたあと
そのものがそこを静かに横切っていたことを
だれも知らない
だれも知らないので
わたしはわたしのなかに空を拡げておいた
そこへ入っていくために
わたしがわたしのなかに入っていくために
 
 
今は radioactive plume のなかにいて 醜い空の下に

―――― 見た人はどのくらいいたのだろう。それが本当にradioactive plumeだったのか、いまだに知らない。情報の扉が閉まっていた。〝情況〟なんてそんなもんさ。扉のむこうでからから音だけが響いた。こんななかで生きている胸くそ悪さ。あの雲の色をどう言い表せばいいのだろう。三月十六日午後一時半頃。突然現れた雲。濁ったような灰色のなかに、黄土色、ピンク、緑、むらさきをごちゃ混ぜにしたような、見たことのない気持ちの悪い色。揺れる植物たち、血が循環する動物たちとは何かがまったく違う色。北北東の小山の向こうから、大きくひろがってこちらへ押し寄せ、わたしの頭上を越えて、南南西の方向(葉山の方)へ抜けた。それが radioactive plume(放射能雲)だったのか、今でも私は知らない。大切なことはいつもなにもわからない。それが人々の「歴史」というものなのだ、と知った。

 

卑怯なのだろうか このような生き方
わたしはわたしの中に拡がる空だけを頼りに生きようとしている
ひとの芯の奥に

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「作品 2011年11月11日号」の記事

  

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