プールと旅 藤田哲史
犬の尾の白さに夏を知る君は
夏を知るコップにミルクぬるむころ
三人がプールみがきをして遊ぶ
ブラシ投げ入れろとプールから君は
映画部がプールのカット撮りに来る
アイスコーヒーもたげられソーダが見えて
夕立の尽きた欅の庭に出る
蠅飛んでふたたび同じところに来
蠅叩とはいえ油虫も打つ
蛾をあつめ蛍光灯は蛾をあぶる
熱帯夜欲の森には猿の歌
冷夏なら稿持って湖に旅
かき氷匙の味さえ尽きたころ
かき氷緑の舌を垂らし笑む
一揺れし泉青から紫に
えご匂う森の暑さに雨の束
さみしさはあるいは白い立葵
ふと思い立って帰省のできる距離
帰省した足で余呉湖のあたりまで
逝く夏の男革靴革鞄
「任せて!」とYは言った。と言いつつ、Yはじゃがいもを危なっかしい包丁捌きで刻んでいた。危なっかしく見えるのは、包丁を持たない方の手の指を反らしているからだろう。ほんとうは、手を猫のように丸くすべきなのだけれど。
十分後、千切りになったじゃがいもは、「ガレット」なるものになった。こんがりと焼けていて、まるい。食べてみると、塩味がついていて、かりっとしていて、芳ばしい。おいしい。はじめてのガレットのおいしさに、驚いた。
「今度、作り方を教えてよ」とYに言いつつ、ガレットの作り方は覚えずに時おり作ってもらおうと思った。Yとはとても仲がよかった。仲がいいついでに、また一つ任せられることを増やしてしまおう、と思った。
けれども、今この文章を書きながら、ガレットという言葉を思い出せず、うっかり「じゃがいも 料理」と入力してネット検索をしてしまった。検索をしたら、名前どころか、レシピさえ簡単に出てきてしまった。ちょっと、ちょっと。自分でガレットが作ることができてしまったら、今度作るのを頼みにくくなってしまうじゃないか。
実は今、いただきもののじゃがいもが沢山キッチンに転がっているというのに。
蠅飛んでふたたび同じところに来 藤田哲史 : スピカ - 俳句ウェブマガジン -
on 8月 31st, 2012
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[…] 手をこすりながらくつろぎ始める。蠅叩きを探しに立つと、戻る時にはもうそこにいなかったりする。かなりバカにされている気がしてくるのだ。 詩客8月31号「プールと旅」より。 […]