第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載
あらかじめ散らかった部屋で
何村 俊秋
あらかじめ散らかった部屋で
ふたり遅めの朝食をとって
こなごなの鏡が昨日を映したまま
突き刺さっている床の上には
銅製の模型船、
黒く錆びついた真空管、
焦がされて穴のあいた土嚢袋
(音もなくガスを
噴き上げている)
みがきぬかれたこおりのような
まるくふくらむレースカーテン
そのなかに
(そこにいるらしいね
きっとそうだろうね)
そこに立っているらしい
小さな声がひとり
(どこから、入ってきたの……
耳を……盗んで……
耳を盗んで……産まれてきたの……
きっと、ごめんなさい……
(予感されない歴史はない
爪のようにしずかな夜がまた
ぼくらを奪い尽くしてしまう前に
(上方で船が汽笛を鳴らしたようだ
ほんのわずかに遅れて
(その音は降ってくるだろう
マホガニーの椅子が四つ
(調律の狂った海図のうえに
うち二つはいつも空席で
(傘たちの暮らす島々があって
一つはかならず傾いている
(いくつかは滅びてしまい銀色の骨が
もう一つは歯型のついた分娩台
(怒らないから、言ってごらん……
(刺さったまま、風に攫われるのみの砂浜となって
(窓の向こうで、たくさんの目が……
(ただただ時たちの訪れを、待ち焦がれているという
(けれども御伽噺は柱に張り付いたきり
(剥製にされた羊の群れが日時計を反芻している
(おおきな目がこっちを見ているの……
あなたはちいさなスプーンにマカロニをのせたら
(閉じられなかった無数のかっこが
(誰にもきかれなかった声が
(中止されたままの歴史が
(心臓のないぼくが
(時の音が
おおきな口をあけてそのまま一息に食べてしまう
(おおきな目が……
(おおきな目が……こっちを
(窓の向こうから……こっちを……
では、目の代わりにかっこを閉じてしまいましょう
(きっとだれにも
(きかれないまま
(こんどは目を
(目を盗むのよ
(耳を盗んだら目を
(目を盗んだら耳を
(そうして疑われずに
(疑わずに
(生きていくの……
汽笛の音はもう届かない
(わたし、傘と結婚したの。
銀色の骨がスマートな
とっても素敵な時なのよ。
)
あらかじめ散らかった部屋にふたり。そして
招かれているのは、小さな客人であるらしい