愛について  藪内亮輔



愛について  藪内亮輔

役に立ちすぎない方がいい。それは詩だつておなじ。

むかしよりひと殺め来し火といふを付けたりうまく手懐けながら

  きれいな日の出だね。  (原子力的焔ではない)

飯喰へり。めし喰ふわれの右ほほをしづかに照らすどくだみの白

 大きな時間とともに、あなたは腐敗をはじめた。それでも私はあなたのことが好きだつたのだ。だつてあなたは、人類と同じ横顔をしてゐたから。

子が親に似るといふこと原子炉が人類に肖(に)てゐるといふこと

  あなた、と呼んでいいですか。

あなたから全人類に配られる数マイクロシーベルトほどの愛

放射線量は距離の二乗に反比例する。おそらく、愛も。

致死量の愛、其れはすなはち一〇ベクレル、もちろんわれも死に至るなり

  津波は流されてきた。

ゆるやかな小波であつた筈なのに大津波となりて陸(くが)へ 感情は

そして、

シーベルトのなかに広大な海がある。其処のひとつに触れてゐたのさ

  そして、

ほそく降る月のひかりに照らされてあなたは青い鈍器のやうだ

  許すべからざる悪なんだ。きみも。きつと、私も。

被曝限界量をしづかに上げるとき身体のどこか雪の降りゐる

  死があるからこそ、愛が生れるんだよ。

チェルノブイリのプール泳ぎてあのひとが止めにゆきしよ彼(あれ)が心臓

  あなたのくれた灯は、私の遠い街の夜をせばめた。

蛇(くちなは)のやうな臓器をかき分けてラムプのやうな心臓さがす

  「あなたとは遠くの場所を指す言葉*」   *松村正直『駅へ』

湯に浸かりあなたのしにを思ふときわれのかたちに湯がくぼみゐる

花が地上に埋まつてゐて、根が地中に咲いてゐる絵。もちろんぼくは根の方だ。

桃ひとつテーブルに割かむとす肉体といふ水牢あはれ

 やさしさとは自らへの暴力である。反面、愛とは他者への暴力と成り得る。

あなたらのけつきよくは外に立つてゐる海月の月のやうにわたくし

われらは原子炉の灯をともし黄色わうしょくの花さかさまに咲かすひまはり

作者紹介

  • 藪内亮輔(やぶうちりょうすけ)

1989年生まれ。「塔」編集委員、「京大短歌」本年度会長。

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「作品 2011年10月14日号」の記事

  

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