ほらほら、われわれのわたくしは   野村喜和夫



ほらほら、われわれのわたくしは

ほらほら、

われわれのわたくしは、

骨のないところをみせて、

どのような進化の果てであろうか、

なまこ仮死のおもて、

なまこ仮死のおもて、

戦争が、戦争のミクロが、

うっすらと皮下出血のようにひろがり出すいま、

ときには生のほそい戦慄に沿って、

みずからは藻屑さながらに身をやつしながら、

よろこびの灰を待つ、

何年でも待つ、

 

ほらほら、

われわれのわたくしは、

人という名の薄明かりのほうへ、

あるときは蛸のような性愛、

あるときは黙考のような水母、

あるときは鱏のような再起動、

なぜなら、隠れ場もない存在の砂地では、

同一のかたちを保つことがもっとも危険なのだ、

ゆえに愛せ、

バネがはじけるように、

うらになりおもてになり、

絶妙の角度と動きで、

 

ほらほら、

われわれのわたくしは、

内奥の棘をおもてに、

ウニのような形態に変身して防御することもできるのだ、

来い捕獲者、

なまこに取り憑かれた精神の背中には、

その肉の影が色鮮やかな刺青のようにうねるという、

繊細である、

いつから殻を失ってしまったのか、

知る由もないが、

かわりに粘液状の言葉の網をはき出して、

翼のようにひろげる、

美しい、

そしてその翼を休めるのは、

非在の底の軟泥と一体化するそのときだけだ、

あるいは跳ねる、

とてつもなく跳ねる、

精神の葉、

と呼ばれるその日まで、

頭を無頭のように揺らして、

おおそうだった、

覚えているか、

頭を無頭のように揺らして、

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「作品 2011年10月14日号」の記事

  

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