私の好きな詩人 第85回 – 菅原克己 – 金井雄二

私の好きな詩人、と聞かれればぼくは菅原克己と答える。詩を書き始めたとき、詩の好きな職場の先輩から、現代詩文庫の「菅原克己詩集」をいただいた。それがきっかけで菅原克己の詩や散文をむさぼるように読んだ。一言で言えば、実直でやさしくて、そして強い詩だ。

ぼくたちが詩に向かう時、相対する物は何か? 最初に向き合うものは、それはまず現実ではないだろうか? 直視されるものは生活であり、その中に芽生える思想なのかもしれない。唐突に幻想を語るものではなく、現実を見続けその根本的思想の骨格を残す。そうすることによって生まれ出る詩もあるだろう。生活の部分を平明な言葉で書き、その言葉が深く心にしみこみ、忘れがたいものになる菅原克己の詩は、人間の本質をしっかりと書き残している。

野 
 
そのとき 
一本の樹が、 
さらに大きい自分のなかに沈みこみ、 
そのたっぷりした容量だけで 
やさしく自負している。 
 
光が駆けおりて、 
物にぶつかりながら 
たちまち自分の躯を切りとって 
過ぎてゆく 
 
小麦は 
こそばゆい穂さきをしきりにうるさがり、 
雲雀はまだ土くれのなかで 
誇らしげな自分の声に追いつこうと 
せっかちに喉毛をふるわす 
 
そこでは、黒い地べたでさえ、 
空は自分だと考えている。 
 
そして、ぼくは気づく、 
決して見ることのできぬ背後で、 
道が道自身を帯のように巻きながら 
ぼくの通過をすばやく消してしまうのを。 
 
この朝の上に 
もう一つかぶさってくる朝。 
すべて見なれたぼくの外側から 
ふいにざわめき出し、 
ぼくがふりむくと 
一ぺんに黙りこんでしまう 
物たち。

ぼくは菅原克己さんにお会いしたことはない。中野の日本文学学校の詩の先生だったことは知っていて、そこに行こうかと思ったが、遠いので行かなかった。第1詩集が出たならば、ぼくはそれを持って直接お会いしようと決めていたのだが、菅原克己さんは1988年の3月31日に亡くなられた。ぼくの詩集は1993年にやっと世に出たのだった。会いたい人には会っておくべし! その後ぼくはそう決意した。

作者紹介

  • 金井雄二(かない ゆうじ)

1959年、神奈川県相模原市生まれ。帝京大学文学部卒。個人誌「独合点」を発行中。「Down Beat」同人。横浜詩人会会員。日本現代詩人会会員

既刊詩集

「動きはじめた小さな窓から」(ふらんす堂/福田正夫賞)「外野席」(ふらんす堂/横浜詩人会賞)「今、ぼくが死んだら」(思潮社/丸山豊記念現代詩賞)「にぎる。」(思潮社)「ゆっくりとわたし」(思潮社刊)

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