私の好きな詩人、と聞かれればぼくは菅原克己と答える。詩を書き始めたとき、詩の好きな職場の先輩から、現代詩文庫の「菅原克己詩集」をいただいた。それがきっかけで菅原克己の詩や散文をむさぼるように読んだ。一言で言えば、実直でやさしくて、そして強い詩だ。
ぼくたちが詩に向かう時、相対する物は何か? 最初に向き合うものは、それはまず現実ではないだろうか? 直視されるものは生活であり、その中に芽生える思想なのかもしれない。唐突に幻想を語るものではなく、現実を見続けその根本的思想の骨格を残す。そうすることによって生まれ出る詩もあるだろう。生活の部分を平明な言葉で書き、その言葉が深く心にしみこみ、忘れがたいものになる菅原克己の詩は、人間の本質をしっかりと書き残している。
野
そのとき
一本の樹が、
さらに大きい自分のなかに沈みこみ、
そのたっぷりした容量だけで
やさしく自負している。
光が駆けおりて、
物にぶつかりながら
たちまち自分の躯を切りとって
過ぎてゆく
小麦は
こそばゆい穂さきをしきりにうるさがり、
雲雀はまだ土くれのなかで
誇らしげな自分の声に追いつこうと
せっかちに喉毛をふるわす
そこでは、黒い地べたでさえ、
空は自分だと考えている。
そして、ぼくは気づく、
決して見ることのできぬ背後で、
道が道自身を帯のように巻きながら
ぼくの通過をすばやく消してしまうのを。
この朝の上に
もう一つかぶさってくる朝。
すべて見なれたぼくの外側から
ふいにざわめき出し、
ぼくがふりむくと
一ぺんに黙りこんでしまう
物たち。
ぼくは菅原克己さんにお会いしたことはない。中野の日本文学学校の詩の先生だったことは知っていて、そこに行こうかと思ったが、遠いので行かなかった。第1詩集が出たならば、ぼくはそれを持って直接お会いしようと決めていたのだが、菅原克己さんは1988年の3月31日に亡くなられた。ぼくの詩集は1993年にやっと世に出たのだった。会いたい人には会っておくべし! その後ぼくはそう決意した。
作者紹介
- 金井雄二(かない ゆうじ)
1959年、神奈川県相模原市生まれ。帝京大学文学部卒。個人誌「独合点」を発行中。「Down Beat」同人。横浜詩人会会員。日本現代詩人会会員
既刊詩集
「動きはじめた小さな窓から」(ふらんす堂/福田正夫賞)「外野席」(ふらんす堂/横浜詩人会賞)「今、ぼくが死んだら」(思潮社/丸山豊記念現代詩賞)「にぎる。」(思潮社)「ゆっくりとわたし」(思潮社刊)