冬の兎   渡辺玄英


冬の兎   渡辺玄英

罠にかかる兎がいるように
ぼくはここで煙草を吸っている
うすい煙にからめとられて
兎はじっと身動きできずに
ガラスの眼に星空がある
すこし舌を出して
冷たい冬の空気をたしかめて
何も考えていない(でも
記憶のなかに次第に弱っていくかたち
がある(ような気がする
 
誰にもわからない振動がある(けれど
メールは一つも着信しない
何もないけれどもうじき
メールが来るのはわかる
不動の振動が
ぼくにはわかる
(ムスーのでんぱのただひとつがまいおりる
返信が遅くなってごめん。
あの日見た星のことです。
青い星の名前をぼくはまったく知らないのに、
明日知っていたのはおかしいことです。
昨日忘れるというのは奇妙なことです。
(それは知っているのに思い出せないのと同じだけど違う
あのとき
青い星を見ていたことを
今夜のぼくはそしてきみは
はじめて思い出したのです。
満天の星空、ムスーの光が呟いていたあの光景は
おそらく来年のぼくが見ているものでした。
(ぼくそしてきみはまだここにいなくて
すでにきみには出会っていない
いまがいつでどこからメールしているのかわからないね
(未来が過去を見つめている(みたいで
ここは海王星です、と確かめようのない嘘を(耳にして
(記憶をさぐる(どこにもない(星が多すぎる
もうすぐかたちは(そのりんかくは(きえるそして
何かぐにゃりとした小さいものが落ちている
 
(べつの煙草の銘柄をおもいだした
おそらくだけど
きみが兎の夢を見るのは
きみが死んでからのこと

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