日常に俳句を浮かべる   林 桂



日常に俳句を浮かべる   林 桂

  

低血糖で意識の混濁した母のために救急車を呼ぶ。ひとり暮らしの朝を訪ねてのこと。

蒲公英を褒めて母よ寂しいか

  

五騎がうちまで巴は討たれざりけり。「平家物語」

花曇り少年兵は影ばかり

  

ニキビ触る癖の下人を想ひをり鼻の下にぞヘルペスを得て

鯛焼きの尾の蘊蓄や花の酒

  

新聞を切り抜く父も幻になりける無為を重ねたる今日

春の水冷たき山河を母老いて

  

順々に人倒れゆくダンスにて終はれば立てる暗転の後

捩花ねぢばなや太宰の十五歳じふご夢二の二十歳はたち

10人読んだら3人はわからないといい、2人は「すげえ!天才だ」といい、残り5人は
途中で寝てしまうだろう。いいのだ寝ても。前衛とはそういうものだからである。
斎藤美奈子「朝日新聞」

空蝉や詩人のマッチ箱の闇

象印魔法瓶の内明るくて明日はきつと晴れる気がする

プールの日朝のカレーを残さずに

AKB48をなぞなぞに仕立てて問はる父にしあれば

西瓜食ふ百マス計算した後に

花水木色を得ながら開きをり朝の陽ざしのあまねく届き

夏季補習前を少年少女かな

自転車のハンドル鈍く陽を返す夏ゆくばかり高校の庭

夏季補習ノートを白く開きけり

海遠しされど潮の匂ひせり東日本大震災以後

夏季補習終えて入道雲に入る

瓦礫よりランドセルを掘り起こす映像に遭ふ夕餉のわれら

滝裏へ廻る道行く高校生

  

蛍光灯点してゼミ室3は微かに本の匂ひ残せり

ベイシアで遭ふ夏服の教師かな

  

稲を刈られたたんぼが午後の日ざしの中で香ばしいにおいを放っていました。
山田詠美「海の方の子」

風鈴の中に夕陽の沈みけり

  

様々な鉛筆の握り方ありて机間巡視の我を慰む

カーテンをしわくちやにして西日影

  

赤ボールペンの終りの掠れにてああ九月の陽ああ五十代

草虱つけて少年探偵団

父さんの命の恩人生ビール 桜井みなみ「上毛新聞」

冬の扇風機はチャップリンに似てゐるよ

作者紹介

  • 林 桂(はやし・けい)

一九五三年群馬生まれ。同人誌「鬣TATEGAMI」代表同人。句集『黄昏の薔薇』『銅の時代』『銀の蝉』『風の國』。
評論集『船長の行方』『俳句・彼方への現在』『俳句此岸』。

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