

ゆっくり運ぶ~新川和江さんを悼む
森川 雅美
ひとつの掌の静かに撫でていく陽光の通り道まで辿る、ゆっくり首
の重さを運ぶ褪せた少女の揺れる足取りへ、背中からもっと鮮やか
に壊れていく眼中の階に留まり、解き放つ肥沃な地に残るまだ会わ
ない人の足跡だから、愛も鳥も魚も息づく予感として遠くから反響
する声を、ひとつの戸惑いの少しずつ兆す青空の果てまでも傾く、
ゆっくり失われた種を運ぶ傷ついた大きな掌によろけ、背中からわ
ずかに捲れる波動へと震えるさらに明るい、解き放つ羽搏きの伝播
する眩む煌めきの一瞬に連ねた、愛も樹も岩も息づく反射として深
深と滲み込む傷みと、ひとつの微笑みの何処までも深奥に流れる思
いを刻む、ゆっくり溢れる花粉を運ぶ小さな虫たちの足先に絡め、
背中から次次と満ちる柔らかな視線のより先まで潤み、解き放つ脈
拍の弱い皮膚をあまねく撫でるささやかな、愛も水も土も息づく歩
行として微かな痛みを伴う風も、ひとつの騒めきの無数に増幅する
終わらない夢を掬う、ゆっくり光の重さを運ぶ言葉のかたわらに記
憶の生え、背中から限りなく緩んでいく土地の遠い起伏から届き、
解き放つ忘れられた芽吹きへと渡される温かい感触や、愛も空も山
も息づく輝きとして大きく撓む傷の果ての、ひとつの兆しの萌える
方角に染みいる黎明を強く放つ、ゆっくり命の重さを運ぶ途切れぬ
少女の揺れに綴られ、背中からさらに遥かにまで飛翔する体の隅隅
の囁きに、解き放つ名付けられない悲しみをも包み込む滑らかさ、
束ねない髪柔らかや春の草
(死声2の5)