「美しき村」に 財部鳥子

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「美しき村」に  財部鳥子

麦藁帽子に桐下駄
単衣に紺色モンペ姿の詩人が写っている写真がある
日陰がある 生木のベンチがある
頭上で鳥たちが鳴いている
どこかで詩のなかの蛙たちが合唱している
 
「ぎやわろッ ぎやわろッ ぎやわろろろりッ
 ぎやわろッ ぎやわろッ ぎやわろろろりッ
 るるり るるり りりり
 ぐぐぐーる ぎやらびやら
 らららーり らりららん」
 
詩人は「美しき村」と色紙に書いた
村人たちからのおくりもの
天山文庫と名付けた民家の庭に木を植えた
木の名まえを書き付けてみれば詩そのものだった
詩人は嬉々としてしまう
 
「ヌルデと赤松とリャウブと白樺と
 銀ドロとポポと山桜とサイカチやカエデなど
 そして喬木たちや羊歯類は
 それらの根元やあつちこつちに」
 
日が暮れるまで泥の香りにつつまれて庭土を掘り起こした
 

 
へぶす沼まではゆるやかな山道を登っていく。そして青みどろの水が樹木に囲
まれている暗い沼に出会う。いたるところ人間などを知らない虫だらけだった。
歩けば必ず踏み潰してしまうほど、のろまな昆虫たちがびっしりといた。モリ
アオガエルの産卵はとうに終わっていた。
 
 平伏へぶせ沼かへるのときは過ぎさりて
 山あやめ一つ狂い咲けるも心平
 
狂っているのはなんだったろうか
あの茶色い飛べない羽虫たち ではない
大きな蚯蚓たち 
胡麻粒ほどの虻たち
木の幹にじぶんで吹きかけた泡のなかに
卵を産み付けているモリアオガエル ではない
狂っているのはなんだったろうか
 
「美しき村」にいま人類は一人もいない
人っ子ひとりいない
毒の塵が降るので村人たちはちりぢりになった
 
青大将や蛙や羽虫や岩魚は 
柳やヌルデや柏や栃の木はそのまま残った
人類の叡智のかたちを真似た海辺の原子力発電所の建物は
滅びのかたちに日々ひしゃげていく
 
「美しき村」では自動販売機の灯の消えた暗い空っぽの田圃に
蛍の乱舞がはじまっているだろうか
へぶす沼ではモリアオガエルが祈りのかたちに生殖しているだろうか
 
それは いつまでだろう
それは いつまでだろう
それは いつまでだろう
 
蛙の詩人は天国に住んでいる
彼の「美しき村」は永遠に美しいまま


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「作品 2011年6月10日号」の記事

  

One Response to “「美しき村」に 財部鳥子”


  1. 6月10日号 後記 | 詩客 SHIKAKU - 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト
    on 6月 10th, 2011
    @

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