貝殻場   井谷泰彦


貝殻場   井谷泰彦

シマでは、
一五歳になると海人(ウミンチュ)になる準備をはじめた
蛸の追い込み方や網の使い方
老人たちは優しい目をして殺しの作法を説明する
十六歳になれば、
大人になって一人前の畑も分け与えられるから
それまでの一年間は
貝殻場に小船(サバニ)をつけなさい
 
十七歳まではウンサクと呼ばれた
十八歳になるとマクラガーに
二一歳にはチクドゥン
二四歳はウヤムイ
年齢階梯制の
階段は続く
 
貝殻場
無数の螺旋階段に囲まれて
異郷で作られる黒塗りの漆器のうえで
煌めく螺鈿細工になる貝殻の内側から放たれる
妖しい光の色彩に幻惑され、やがて旅立ちたくなる
一年間
一年間だけ貝殻に包まれた暮らしをする
私有地のない、伝説と神話に包まれたそのシマの
十五歳の少年だけが出入りを許される貝殻の集積場で
 
  ちぇる ・・・
  我ん生ちぇる ・・・
 
「私を生んだ、で口ごもる
民謡「てぃんさぐの花」の二番
そのあとの歌詞がどうしても言えないか
 
二枚貝と巻貝
貝殻の敷き詰められたアジールに身を横たえ
貝殻が風で掠れる音(声)が耳に溢れる
(始原へと遡って生まれ変わるためにはその方法しかないというように)
岩も樹も精霊を孕んで視界は霞み
まどろみ
一年間、
一年間だけ螺旋階段の屍骸のただなかで過ごす
神話の島
沖縄県久高島の民俗

作者紹介

  • 井谷泰彦(いたにやすひこ)

所属 なし
著書 詩集『はじめての<ユタ>買い』七月堂
    詩集『多摩川を渡る女』七月堂(ペンネーム 居谷安)
    詩集『<SAYキムチ>といういわれる』国文社
 (ペンネーム 居谷安)
 
   学術書『沖縄の方言札』(ボーダーインク)
出身 京都市

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