草は 新井豊美
荒地は傷ついた眼を持っていた
さえぎるもののない荒地をその眼が移動してゆくとき
ひろがりはつねにひき裂かれ
裂かれた眼球が視野を傷つけながら平面を
ひたすらころがってゆくのだ
それは経験されたことのない「残酷な」三月だった
そこで土地はひとつの傷ついた身体としてあった
体験された絶望的な記憶として
記憶すら割かれ砕かれた破壊として
水面から突き出した骨は まだ生きている肉を
まとわりつかせたまま波に打たれていた
ふたたびおとずれた創世記の闇をくぐって 濁った水が
ゆるやかに岸辺を洗っていた
おおいなるものが去った四月
眼はあたらしいいのちを育てていた
荒地に芽生えた一本の草
単純な生命は春の雨に打たれながら立っていた
それは子供らのたましいのようなつぼみを抱いていた
あまりにささやかでだれもまだ気づかないが
荒地に花咲こうとして草は生えてきた