名もなき人々   伊武トーマ



名もなき人々   伊武トーマ

流された家
 
屑鉄となった車
打ち上げられた船
 
瓦礫を押しやり
道を開かなければならない
 
向こう岸へと
橋を架け直さなければならない
 
陥没した道路を掘り
水が噴き出す配水管を
塞がなければならい
 
倒れた柱を持ち上げ
送電線をつなげなければならない
 
水を運ばなければならない
食糧も
水と食糧を運ぶ燃料も
運ばなければならない
 
薬と毛布も
暖をとるための燃料も
運ばなければならない
 
手を差し伸べなければならない
水も食糧も灯りもない
孤立した人々に
 
瓦礫に閉ざされたままの
冷え切った闇のなかに
手を差し伸べなければならない
 
遺体を引き揚げなければならない
流された家から
屑鉄となった車から
 
打ち上げられた船から
瓦礫の下から遺体を引き揚げ
家族の元へ返さなければならない
 
この痛みを
悲しみを
決して忘れてはならない
 
瓦礫を押しやり道を開き
橋を架け直し
配水管を
 
送電線を
復旧させた
名もなき人々のことを
 
水と食糧を
薬と毛布と燃料を運んだ
名もなき人々のことを
 
孤立した人々に
 
冷え切った闇のなかに
手を差し伸べた
名もなき人々のことを
 
流された家から
 
屑鉄となった車から
打ち上げられた船から
 
瓦礫の下から遺体を引き揚げ
家族の元へ返した
名もなき人々のことを
 
ニュースにもならない
テレビにも映らない
 
物語の外で
人であることの温もりをつないだ
ヒーローでもヒロインでもないすべての
 
名もなき人々のことを
決して忘れてはならない

この作品は、震災直後、原発事故発生の混乱の最中、書きました。電子版「電
気新聞」に匿名で投稿。昨年三月末、ネット上で公開されたものです。震災か
ら一年が過ぎようとするいま、あえてこの詩客に掲載させていただきました。

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「作品 2012年2月24日号」の記事

  

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