雪風 石田瑞穂
目をつむるみたいに
耳もつむれればいいのに
最初は雪のせいかと思った
あたりが急にしんとしだして
冬鳥 銀狐のトロット 明けの星の瞬き
物音がまったく届かなくなった
夢幻の園から舞い降りる
子鳥の和毛のような雪の純白が
世界中の音という音を吸いとってしまったのか
そう錯聴した
静か、というのとも成り立ちがちがう
耳のなかがどこまでいってもまっ白で
耳朶を両手でおおっても
白さの度合いはますます濃くなってゆく
裸麦の海面をざわめかせ
コガラたちの弾丸が飛びたっても
グレイッシュな世界のなかで
鉄と水と音だけが凍りついていた
新聞と詩のなかでは株価のそよ風次第で
子どもたちが住む家をなくし爆弾が落とされるのに
そうか、言葉は魂だけじゃなく
耳まで傷つけていたのか
こころをつむるように
耳も莟をつむるのか
ながい夜汽車の旅もおわりかけた
朝焼けの午前五時だというのに
前の席では東南アジア系のふたりの若い僧侶が
ささやくように手話をかわしている
それは、きいたこともない響き
草や花や星が空へ立ちふるえているような
さらさらした途切れのないふしぎな言語
皮膚のしたの国境線から吹いてきた
どこでもない国語
水に消える水に形を変えた雪風
(連作詩「耳の笹舟」より)