鉄線 佐峰存
腕時計の針はどこかへ向かうようで
どこにも向かっていない
手首の皮膚の薄い膜を膨らませ
脈が再生している
遠くから 響いてくる声帯
何枚もの空を重ね
いたる通過点の痕を秘め
手の施しようもなく
変形した街と 起伏を伸ばす
乾いた土地がある
子供を模った鉄の機材を抱え
とある背骨が 太陽に接近する
地平に火の粒を起こし
そのまま瓦礫となる
交感神経幹神経部
動かなくなった広場の身体は
無軌道な風と鳥を通す
匿名の儀式は中断しただけだ
針はひたすら旋回し
今日も 空に近い眼の膜が
幾分かの水分に満ち
無言を宿している
力を入れようものなら
壊れてしまう個体の形状を
ここまで保ってきたからには
私は顔を洗うのだ
肉をたたく液体が広げる海
見ず知らずの沈没船
その底を数多の生物と巡ろうか
いつかは消えていく指で
今は上を向き
斜めに泳ぎ 洗面台の水に浮かぶ
根のない海藻 指の腹の表面で
照明が円みを帯びている
今晩も帰ってきた 石の塔に
東京の凍える大気の中では
舞い上がった呼吸が
月を炙り燃やしていた
階段の途中には生物のかけらがあって
小さな草原と化していた
視線で触れると 土から指先まで
鉄線のように沁みた
冷えた鼓動は よく光る