レール
鎌田 尚美
夜道を歩いていた
いつのまにか線路上にいた
疲れ切っていた
仕事も失い愛する人も
彼のもとを去っていった
彼はレールに頬をあてた
ひんやりと心地よかった
もう動きたくなかった
このままいたかった
彼の閉じた両目から涙があふれ
鉄道沿いに茂る姫昔蓬が葉を伸ばし涙にさわった
涙は根につたわり群生する姫昔蓬にひろがると
いっせいに小さなつぼみが花を開き始めた
何百、何千、何万と、
開花した白い花びらが月に照らされ
辺りは昼のように明るくなり
あちらこちらからねずみたちが集まってきた
何百、何千、何万と、
貨物列車がとなりの駅を通過した
彼の耳にはその振動はとどかなかった
ねずみたちはレールに門歯をあて
ガリガリ、ゴリゴリ、
力いっぱいに齧りだした
ガリガリ、ゴリゴリ、
ガリガリ、ゴリゴリ、
いっぴきのねずみの歯が折れると
次のねずみ
そしてまた次のねずみへと
休むことなく
かわるがわるに
レールが切断されると
ねずみたちは口をあて
チュウチュウ、チュウチュウ、
いっせいに吸いだした
チュウチュウ
チュウチュウ
チュウチュウ
チュウチュウ……
……
……
……
………………
レールは熱を帯び 持ち上がり
やがて月にむかってゆっくり昇っていった