曇り空を、走る 新井 啓子

曇り空を、走る
新井 啓子


霧雨にアナベルが濡れている
路上の白線が浮きあがり
雨の街はどこまでいってもしろい

足元ではワイヤープランツがひよひよ
地面に届きそうで
届かないところにのびている

とおくで眠る山の背を目で追うと
横雲のうえにしろくとぎれるのも
雨の日の約束

厚い雲にギザギザ
はなたれる光線
アナベル
ひたむきに
稲妻が駆けていく


雲がたれこめた午後は
部屋のなかにも低く雲がおりている

窓辺の紙が
ぱたぱたとおちたので
あわてて駆け寄って
かきあつめる
机のした 
本棚のすきま
延長コードの綿ぼこりのうえ
こんなところにまでと
笑いあって
あ ごめんと
手をひっこめて
少し折れ曲がったところもある紙をかさねる

窓辺に紙がもどされる
窓を閉める 永遠を閉じ込める
わずかに空気がふくらんで
カチリと数字がひとつすすむ
それだけのことに


そういえば
むかいの部屋に届けられた
箱の中身はなんだったろう
両手で抱えた宅配便のお兄さんの背中
あの反り具合は重そうだった

書類 パソコン
飲料水 お米 
くだもの
水槽 空気清浄機 青春(アオハル)
箱にはいる角度かたちを
指でフレーミング

窓の外では
灰色の雲を割り
光が枝わかれて空を走るから
配達票を握りしめ
濡れていたか いなかったか
小走りの背中が
一瞬あかるくなる

路地を配達車が走り去る

箱の外側についてきた
ちいさなはじまりにもおわりにも
品名があることを
見ていて
誰も、
見過ごしている

*新井啓子 プロフィール
詩集に『水椀(詩学社)』『水曜日(思潮社)』『遡上(思潮社)』。
『さざえ尻まで(思潮社)』で第24回小野十三郎賞受賞。
個人詩誌「かねこと」発行。詩誌「こるり」「続・左岸」同人

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