曇り空を、走る
新井 啓子
*
霧雨にアナベルが濡れている
路上の白線が浮きあがり
雨の街はどこまでいってもしろい
足元ではワイヤープランツがひよひよ
地面に届きそうで
届かないところにのびている
とおくで眠る山の背を目で追うと
横雲のうえにしろくとぎれるのも
雨の日の約束
厚い雲にギザギザ
はなたれる光線
アナベル
ひたむきに
稲妻が駆けていく
*
雲がたれこめた午後は
部屋のなかにも低く雲がおりている
窓辺の紙が
ぱたぱたとおちたので
あわてて駆け寄って
かきあつめる
机のした
本棚のすきま
延長コードの綿ぼこりのうえ
こんなところにまでと
笑いあって
あ ごめんと
手をひっこめて
少し折れ曲がったところもある紙をかさねる
窓辺に紙がもどされる
窓を閉める 永遠を閉じ込める
わずかに空気がふくらんで
カチリと数字がひとつすすむ
それだけのことに
*
そういえば
むかいの部屋に届けられた
箱の中身はなんだったろう
両手で抱えた宅配便のお兄さんの背中
あの反り具合は重そうだった
書類 パソコン
飲料水 お米
くだもの
水槽 空気清浄機 青春(アオハル)
箱にはいる角度かたちを
指でフレーミング
窓の外では
灰色の雲を割り
光が枝わかれて空を走るから
配達票を握りしめ
濡れていたか いなかったか
小走りの背中が
一瞬あかるくなる
路地を配達車が走り去る
箱の外側についてきた
ちいさなはじまりにもおわりにも
品名があることを
見ていて
誰も、
見過ごしている
*新井啓子 プロフィール
詩集に『水椀(詩学社)』『水曜日(思潮社)』『遡上(思潮社)』。
『さざえ尻まで(思潮社)』で第24回小野十三郎賞受賞。
個人詩誌「かねこと」発行。詩誌「こるり」「続・左岸」同人