月の裏側   中家菜津子

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月の裏側   中家菜津子

  神さまかわいそうな恋人たちのためにやさしい羊毛をつくってほしい
  小鳥たちをインクで描いて月面の画像を変えてほしい/トリスタン・ツァラ

月の北半球の
虹の入り江に
太陽に灼かれて
蒸発した魚が
影だけを遺し泡立っている
氷の海では
ガラス質の蟹の化石が
永久影の中で放電している
発条仕掛けの直進は
極点で北上から南下へと名を変え
無音の昼から取り出した
鼻濁音の夜に耳が追いつくとき
辿り着く月の裏側

忘却の湖の水底で         
一度も存在したことのない
最初の人に名を与えた
呪いは清らかな雪を吐き      (ここにはいないの)
祈りは乾いた浦につながる     (どこでまってるの)
呼び名を中空に書き記すときの
ひとさしゆびの筆圧と摩擦が
薄い大気に火傷を負わせて
書くそばから焼却される
嬰児の記憶
一度も生まれなかった体を
横たえると  
肉は土へと解かれ         (そこはどこなの(あの 
鎖骨は石化していく       (人が運命とよぶもの(なの
その窪みに
一度も降ったことのない雨を溜めた 
かつては/いまでは 
感情を持たない眼に
闇が満ちてゆくのは安らかで
一度も欠けたことのない月だと
あなたは言う

 歌   うたうようにはなし話すように歌う大気を少し震わせながら
 浦   水のない入江に水として満ちるひかりあなたは月を見あげる
 嘘   偽ったことなどなくてトンネルの陰にかくれていただけの影
 魚   月世界に変えてあなたは立っていた魚眼レンズの中の砂丘を

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