人工湖  郡 宏暢

郡自由詩

人工湖 郡 宏暢

その本は
これまで一度も開かれたことのないまま
浸み込むような重さで幾万もの文字を湛えてきたのか
窓に翻るトラックのヘッドライトが
本棚に並んだ背表紙をかすめた拍子に
目に止まったのだ
人の数よりも多くの物語の
決壊することも
老いることもできない純潔さ
のようなものがあったとして
そこに指を差し入れるのをためらう私

隠微な感覚を
またヘッドライトがかすめて通り過ぎてゆく
人工湖と
海とを隔てる樋堤の上を新しい街道が走り
その街道は我が家の前を通り過ぎ
轟音とともに遠ざかってゆく光の中で
偶然
手に捕られた
それはありふれた話だったのだ
わたしも
わたし以外のわたしも
誰だって他人の書いた物語は読まれることのないまま
蘆の深い水際から
暗い湖底へと
沈められる
沈められることすら記憶されることもなく
物語よりも多くの数の人々の影が
かつてわたしだった影が
光の届かない場所へと
鎮められるのか

タグ: , ,

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress