蛭の履歴 竹岡一郎
三味の音や舌塚のため罌粟咲かせ
すずしき眼舐めさせ呉れし姐御の死
嫁ぎけり大蛭の森いとしめど
夕虹も腕もねぢられるためにあつた
鏡に向かひお前誰よと明易し
蛇よ麗しきまぐはひなどあるかよ
蛭が蛭さとし聖は緋を偲び
乳房の育つ榎へしたたれよ
看経を聴く蛇となり拝む手生え
ちぬ釣つて家紋を負うて鬼あまた
海月みな飛んで伽藍をめざすらし
掛けざるを得ず夜光虫まみれの眼鏡
一歩ごと海月踏む苦も仇の忌
托鉢の道はいつでも水喧嘩
囃されて蛸の玉乗やりきれぬ
たましひの甘きがにじむ寝冷かな
梅雨闇をひすいの研磨して耐へる
胴欲の天使へ夏至の放射能
銃剣に糸取映る明治かな
殷賑や契約の虹歪みきり
レッドカーペットにくつろぐおろちを跨ぐ
昼顔のやうに覇王へ凭れるな
粛清あと血泥を捏ねてゴーレムに
殉難者いづれは鱏と化すぞ刺すぞ
扇子屋に幼馴染の戦争屋
用済みの議員沈めて鱧の餌
海溝に恒久にマネキン開脚
子育ての人魚に死艦ありがたし
仇の忌ひるね覚めたら海沸騰
珊瑚らの炎が巨き蟹茹でをり
奸臣を追ひつめマグマ瀝々と
大義果敢無し賢しい君の鰻釣
粋な白靴代々の戦争屋
アロハ着てハワイを向いて人柱
人喰蟹の味噌を啜れば錆びゆく浪
戦争屋地平涼しくしてやると
うまし野の糸車にて蟻たかる
隕鉄を慕ふ熱砂の動乱図
蠍座立つ瀕死の博士看取るべく
花火わくわく君の生死に拘らず
蓮見へと病衣はためかせて脱走
かの唇をこじ開け避暑の扉とす
白皙や旧き灯台売り歩く
スカートの中が嬉しい雨蛙
少女分裂白檀茂る工場内
丸刈り眉剃り鞄ぺちやんこなる帰省
錆町の古墳灼けゐて産む人型
向日葵が射撃の的となる茶番
人柱から地割れけり祭呑む
蔓たちが顔砕きゆく晩夏来る
教授の腐臭娼婦の炎闘ふ川床
をんな野ざらし空蟬がぴくぴくす
蠍座のすさぶ露台に刺されさう
瞼には闇が痛いよ鵺の妻
床板に透ける業火や扇風機
朝凪や荒れた畳に乳かわく
咒符あかく濡れ熊蟬の声とがらせ
密輸人炎えれば麝香猫の糞も
腐草螢となるも黒板製作所
白南風へエメラルド吐き散らす旅