励起
沼谷 香澄
炎昼や浜へ落としたメロンパン
ウランガラス。名の通り、微量のウランを入れて作られる。薄い黄色で、紫外線を当てると強い黄緑の蛍光色に光る。日光でも光る。この素材を使って食器や菓子入れなどが作られる。第二次世界大戦の終結以前には、日本でも製造されていた。
ほの白いレモンケーキのアイシング割ってお砂糖だけむしり取る
戦後、ウランガラスは全世界で製造が停止された後、アメリカとチェコで細々と生産を再開させている。製造が縮小されたのは、カドミウムガラスのように生体に害を及ぼすからではなく、原料となるウランの高騰のためだという。混入されるウランは微量で、製品から放射線は出るが自然被曝の範囲を超えることはないという。
本能のあやうくみずからを滅す死ぬまでバナナ食べたい
ウランガラスは紫外線で光る。真空下ならプラズマ放電でも光る。電子が安定時の軌道よりも大きく動き、原子に当たって、発光する。それが励起。励起した素材がエネルギーを貯めて、光を放出するときの元素固有の色、それが炎色反応。励起して、遊離して、酸化する。それが燃焼。輝く蛍光黄緑。
うつくしいなにかを固く記憶してブドウの焦げが型底にある
ここにウランガラスのビー玉がある。薄ぼんやりした黄色。レジン細工を硬化させるのに使う紫外線ライトの箱の中に置いてスイッチを入れると、瞬時に黄緑色の蛍光色に変わる。スイッチを切るとまた薄暗い黄色に戻る。ぱちん、ぱちん、ぱちん、ぱちん。ひかり、もどり、ひかり、もどる。つまみ出せば冷たい。
日の当たる窓にキウイのシャーベットあなたのことを喜ばせたい
励起の状態では電子がいつもと違う軌道を通る。電子線はベータ線だ。励起状態の金属は、健康診断で背中から当てられるあれと同じものを作り出す。安定した金属ならちょっと光るだけで元に戻るが、不安定な原子なら、壊れる。細胞もまた。総体として写真に映るが、電子の当たった遺伝子には傷がつく。
夕立や冷えて汗かく桃の汁
生命の根幹は修復と再生。放射線を受けて傷のついた遺伝子は、さっき落として割ったガラスのコップのような壊れ方をするわけではない。もしそうならば自然に存在する放射性同位体を細胞に含んで人はガラスのように壊れて死んでいくはずだ。生きていれば傷はふさがる。割れたガラスを拾うときに指に着いた傷は、痕が残るが気にするほどではない。
脚の細いワイングラスにいれられてあとは壊れるしかないパルフェ
ガラスに閉じ込められたウランはみえない核分裂を続けておりガラスに空いた原子の穴を測ればその製品の製造年が推定できるという。原子の穴は目にみえない。ガラスにみえる穴は製造時に入った気泡だ。どちらの穴も、ビー玉が自己修復してふさぐことはない。
食欲から遠く離れた色として青天をひきうつす寒天
ウラン238の半減期は四十五億年。地球が生まれたころから現在までかけてやっと半分になった。地球にとっては原子核のそういった動きの方が自然で安定しているのではないか。めまぐるしく生まれて殖えて滅んでいく有機生命体にとって組織を破壊する放射線が有害かどうかなんて地球にはどうでもいいことなのかもしれない。
人形に氷砂糖をはめてみて違う視線をシミュレートする
なぜわたしは、ほろびゆくものを、うつくしいとおもうのだろう。
ポケットに入れてこっそり持ちかえる球形の綺麗な飴細工