第11回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門候補作

第11回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門候補作

花被片
自由 一花

短歌「花弁」

蝉の翅運ぶ蟻見て憧れる死んだら俺も運んで欲しい
「おかえり」と言おうとしたら「お疲れ」と出てきて今日の職場が続く
沈黙で嘘が深まり熱出して夜気にひとりで体を冷ます
あのときの「またね」は今も宙ぶらりんそのままずっと漂っていろ
窓の鍵閉めたつもりの午前二時放課後っぽい空気が入る
信号を待つ間にもこぼれ出す昨日の嘘は今日の公式
雲の裏側に描いた君の顔、雨で泣き顔なんてできすぎ
かき氷溶けて残った底の青 骨だけ泳ぐ言葉水槽
言葉という棘を呑み込み咲く花は見えない顔で笑い続ける
指の間(ま)をすり抜け落ちる砂時計逆立ちしたら空に還れる

俳句「萼(がく)」

吃りつつ雲の欠片をつまむ夏
吃音が当たって割れた瓶ラムネ
砂時計声と同じく砂詰まる
吃音で蝉が殻から抜け出せず
蛙にも吃るやつっているのかな
吃音が吊るされている夏木立
飴玉のように言葉も砕きたい
風鈴が吃りに聞こえ昼寝覚め
花火まで吃って咲かず間が重く
吃ってもなお芽吹こうとする梢

自由詩「夏の滑らかな吃音」

夏吃りになったのは八月の午後、金色の光が粉々に砕け落ちる縁側だった。それは蝉の声が時間を堰き止め「ミ、ミ、ミーン、ミンミ、ミ、ミー」と途切れ途切れに響く瞬間だった。汗が首筋を這い降り、蝉の声が意識を揺さぶる中、時間が折り畳まれていった。口を開く――閉じる――開く。私の感覚紡ぎが過熱し、張り詰めた夏の空気がパチパチと音を立て、意識が花弁に引き込まれていく。庭に植えられたひまわりが折り畳みを始める――黄金の花弁が震え、開花と萎縮を繰り返し加速させ、時間の節目を可視化していく。

「気がついた?」

その声は風のように私の肌を撫でた。隣に立つのは幻影微風の君。夏の陽炎に輪郭が溶ける中、君の声だけが鮮明に響いた。しかしその声も熱震のように分裂し、折り重なり、庭のひまわりの揺れに同調していく。

「夏の途切れを花たちが教えてくれている。聞こえる?」

私の喉元で言葉が躓き、吃音環に捕らわれる。

「き、き、気づ、気ーづいた」

言葉が散り、回帰する。私は、この夏の途切れを修正しようとしていた。蝉の声を綿密に録音し、気温の変動を計算し、流暢な一日を取り戻そうとしていた。しかし、熱グリッチが町全体を包み込み、時計の針が遅れ、電子機器が誤作動し、家々の窓ガラスに影が重なり、ひまわりが反復運動を始める中で、私は気づいた。この途切れは自然現象であり、避けられない。

「見に行こう。時間の折り畳みを」

君の指が私の手首に触れた瞬間、私の皮膚は波打ち、接触点が無数に増殖した。触覚が時間軸に沿って分散し、複数の感覚が重なり合う。私は頷き、二人で町外れの広大なひまわり畑へ向かった。

ひまわり畑に近づくにつれ、空気が粘性を帯び、光が屈折して虹色の断片となって散った。そこでは何百、何千というひまわりたちが反響折りの中で集合的な意識を持って揺れていた。風が吹くたび、花弁が幾何学的なパターンを描き、反響し、変形した。不可解な角度で折れ曲がり、元に戻る。地元の子どもたちはそれを太陽花と呼び、夏吃りが生み出す時空の歪みと戯れていた。

畑の入り口で子どもたちが輪になって歌っている。その歌は「な、な、なーつ、ななつ、なっつ」と途切れがちなリズムを刻んでいた。私は子どもたちの笑い声と歌に惹かれつつも、原初種子の存在を感じ取っていた――この夏の異常の源、夏吃りの花芯。

「あそこだ」

君は畑の中心を指差す。ひまわりの海の中央に、一輪だけ特別な輝きを放つ花が見える。二人でひまわりの茎をかき分け、その花に近づいていく。周囲のひまわりが一斉に私たちに向き直り、折り畳みが激しさを増す。私の肌に細かな震えが走り、心臓が吃る。

中央のひまわりの根元に、私はそれを見つけた。土に半分埋もれた小さな種子。普通のひまわりの種よりも少し大きく、内側から淡い光を放っている。私が指先でそれに触れた瞬間、私の感覚紡ぎが暴走し、周囲の現実が液体のように揺らぎ、存在吃音に飲み込まれる。

私は見る――夏の時間が花弁のように重なり合い、蝉の声が幾重にも反復し、暑さが折り畳まれていく瞬間を。ひまわりの一つ一つが太陽花となり、八月という月を再構築していく過程を。そして私自身の存在も、時間の波に揺られ、分散し、再結合されていく。

「種を壊せば、夏吃りは終わる」

君の声が遠くから、そして同時に私の内側から響いた。

「花は止まり、夏はまた流暢になる。時計は正確に刻み、蝉は途切れなく鳴き、ひまわりは静かに太陽を追う。それでいい?」

君の瞳に、光の花弁が揺れていた。

私は手のひらの上の種を見つめた。種の表面で折り畳みが小さな波紋となって開閉し、私の意識が「え、え、え、選ぶ、選ぶ」と吃音環に捕らわれる。流暢さへの憧れが、私をこの夏に縛り付けている。

ひまわり畑の中心で、花の揺らぎに全身で触れ、存在吃音の中で分散した自己を感じた時、私は決意した。

私は深く息を吸い込み、そして感覚紡ぎを解放した。意識の糸を一本一本緩め、流動花弁に身を委ねる。私の存在が夏吃りと共振し始め、体が折り畳まれ、開き、そして存在の新たな可能性へと変容していく。言葉は途切れ、反復し、再構成されたが、それはもはや混乱や障害ではなく滑らかな吃音だった――夏の途切れと流動が調和した状態。

私の指から光が溢れ、原初種子が私の皮膚に溶け込んでいく。私は太陽花となり、花粉を畑に散らばらせ、新たなひまわりを次々と咲かせていった。私の意識が花々に分散し、増殖し、夏の町全体を包み込んでいく。

「これが私の夏だ」

私の声が風に乗って広がり、「な、なつ、ななつ、なっつ、夏」と響き渡った。言葉は散ったが、それは終わりではなく、八月の新たな始まりだった。君は微笑み、幻影微風として風に合流し、ひまわり畑の上を漂っていった。

町に帰る子どもたちの歌声が、滑らかな吃音で響いていた

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