井戸 魚村晋太郎
ゆめは目にみるものならず糠雨にぬれをり大き象の頭部が
抱かれて眠る子供の黒髪に母の栗色の髪はふれをり
ひだまりを汲む井戸がある匿つてくれたあなたのちひさな庭に
くりかへす愛撫のやうに少年が壁にボールを投げつける音
ひかり奪ひあつたかたちにふゆの木は裸身をさらす。さうしてひとも
石鑿はつめたい水のひびきして社の階はつくろはれをり
しめやかにそして執拗に降る雨のなかあらはれる桃色の傘
書き直すたび/似てないといふうわさ/蔓薔薇のはなびらがくろずむ
ローソンの扉に鍵の穴ふたつあり御火燒のおきなの眼
鏡文字ならぶ窓辺にたたずめば広場の欅芽吹きつつあり
- 魚村晋太郎(うおむら・しんたろう)
2003年『銀耳』砂子屋書房 第30回現代歌人集会賞
2007年『花柄』砂子屋書房
現在「玲瓏」編集委員