戦後俳句を読む(1 – 1) ―私の戦後感銘句3句(1)― 楠本憲吉の句 / 筑紫磐井

汝が胸の谷間の汗や巴里祭

 憲吉の極めつけといってよい句である。しばしば、この「巴里祭」の句以外憲吉には何も残っていないではいないかと批判する人がいるが、そうした人に限って憲吉の「巴里祭」に匹敵する程の句を持っていたためしがない。この句に匹敵する名作はそう簡単には見つからないのである。もちろんわたしは以下の連載で、「巴里祭」の句以外憲吉には何も残っていないという迷信を打ち壊したいと思うのであるが、その意味でも1回目に取り上げるべき句だと思う。

 「巴里祭」とは、7月14日のフランス革命記念日のことであるが、もはや風俗としては何の痕跡も残っていないのではなかろうか。この句の詠まれた背景には、憲吉の若かりし時代、彼と同世代が背伸びをして見たであろうルネ・クレールの「巴里祭」(Quatorze Juillet 1933年フランス映画)を抜きにしては語れない。内容は巴里祭の前後の男女の他愛ないものがたりだが、灘万のボンボンとして生まれ、慶応大学を出て、やや前衛風のかっこいい俳句をつくる憲吉にはふさわしい映画だ。上演はたぶん憲吉12,3歳の頃である(遠藤周作が同級生だ)。だから、この映画を見なくなった現代では共感が乏しくなるのも致し方ない。

 映画巴里祭の流行った二・二六直前の騒然とした時代の、少しエロチックな、しかし明るい時代雰囲気は、戦後の同じような時代を生きている憲吉にピッタリする。「谷間の汗」で上気している若い女の生理までもがにおい立ってくるのは、この作家特有の観察眼である。この作者の句に登場する女たちはみな個性的で美しい。(作者による卑俗な自解があるが興ざめなのでここでは紹介しない。)

 出典は『楠本憲吉集』(昭和42年)、昭和28年の作品。

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