短歌時評 第1回 生沼義朗

踊り場の向こうのひかり―ネットジャーナルの可能性 生沼義朗

四年近く前にこんなことを書いた。

 現時点でネット上に短歌に関するジャーナルが存在しないのは、短歌におけるネットメディアの未成熟さを如実に物語っている。かつて井口一夫らが「ちゃばしら」というジャーナル的要素の強いメールマガジンを手弁当で発行していたが、いつからか出なくなって久しい。(「短歌人」2007年9月号時評より)

 「ちゃばしら」は、正式名称「月刊短歌通信ちゃばしら」。2000年5月創刊。主にネットの短歌関連の話題をはじめとした特集をこまめに組み、有名無名に関係なく意欲的な書き手に積極的に書かせていた。まさにネット総合誌と呼ぶにふさわしい内容と鋭さを持った媒体で、「ちゃばしら」が黎明期のネット上の短歌に果たした役割は小さくない。要は執筆当時、「ちゃばしら」の自然消滅後しばらくをネット上にジャーナルとして機能する媒体がないことが不満だったのである。

 ここで本論に入る前にネットにおける短歌の流れをざっとおさらいしておくと、まだ<パソコン通信>の時代だった1993年頃発足した、ニフティサーブ内の電子会議室におけるやり取りおよび歌会がその嚆矢である。そして95年にWindows95が発売されてインターネット環境が整備されると、翌96年にはASAHIネット歌会やtkメーリングリストがスタート、最初のポータルサイト(各短歌関連サイトへのリンク集)「短歌ホームページ」開設や、「塔」が短歌結社で初の公式サイトを設けるなど分水嶺というべき年となった。歌人の個人サイトが続々と開設され始めたのもこの頃からだ。

 その後、98年に加藤治郎・荻原裕幸・穂村弘が立ち上げた「エスツー・プロジェクト」から、多くの企画やサイトが展開された。オンデマンド出版システム「歌葉(うたのは)」や第一歌集出版権を賞品とする歌葉新人賞などの企画が代表例だ。03年に始まった、あらかじめ提示された100の題に応えて自分のペースで各人が100首を投稿する「題詠マラソン」(「題詠blog」として現在も継続中)は多くの参加者と反響を呼び、『短歌、WWW(ウェブ)を走る』(邑書林)として単行本化もされた。青磁社のサイトで連載されていた大辻隆弘と吉川宏志の「週刊時評」に対する小高賢の反論から始まった社会詠論争なども、短歌史的に特筆されるべきネット発の話題および成果である。

 紙幅の都合で駆け足にならざるを得なかったが、短歌とネット環境がリンクして15年、さまざまな出来事とその影響があった。

 現在は短歌関連の出版社の多くがネット上に公式サイトを持つ。その目的はまず自社刊行物のPRと販売だろうが、いくつかのサイトでは作品連載や時評あるいは作品鑑賞などの企画を設けている。この点、状況は大きく進んだ。だがまだまだ企画的には総合誌の延長というべきものが多く、ネットならではの立ち位置を示したものは少ない。

 それはかつて活発だった、ネット媒体が短歌にいかなる相乗効果をあたえるかという一種の実験が一段落し、今踊り場にいるということなのかもしれない。事実、「短歌ヴァーサス」が07年に11号で休刊となり、「ちゃばしら」の公式サイトも今は存在しない。「歌葉」の刊行件数も一時に比べれば減少している。

 一方で、次回以降詳しく述べるが、若い世代による紙媒体の同人誌の鼻息が荒い。紙媒体による歌集の、オフラインによる批評会も相変わらず活発だ。無論そこにはネット媒体の物理的不安定さだけでなく、そもそもネット媒体では認知されないのではという危惧もあるはずだ。

 紙媒体には敷居の高さとコストの問題がどうしてもつきまとう。結社に入るのだって無料ではないし、そもそも結社の求心力は15年前に比べれば確実に低下している。ゆえにネット上のみで活動する歌人も当然存在する。現状では歌歴の浅い人ほどそうなりやすい。そうした人のなかから優れた才能をいち早く見つけて、総合誌に先を越される前に書かせるのもネットジャーナルの役割であり、また小回りのよさの発揮のしどころである。

 今後「詩歌梁山泊」が、ネットならではの独自の立ち位置から発信できるか。それにはまずタブーを怖れず、他の媒体が触れていない事柄でも積極的に発言しなければならない。さまざまな現象を複眼的かつ俯瞰的に眺めつつ、現代詩・俳句・短歌の3ジャンルをどのように包括し、ジャーナルたりえるか。いかなる役割と影響を詩歌におよぼすか。大いに期待するとともに、時評執筆者のひとりとして微力ながら全力を尽くしたい。


【参考資料】

  • 佐藤りえ編「現代短歌クロニクル1984-2006」(「短歌ヴァーサス」11号)

執筆者紹介

生沼義朗(おいぬま・よしあき)

1975年、東京都新宿区生まれ。1993年、作歌開始。現在、「短歌人」[sai] 各同人。

歌集に『水は襤褸に』(ながらみ書房・第9回日本歌人クラブ新人賞)、共著に『現代短歌最前線 新響十人』(北溟社)。

活動状況については祭都 生沼義朗短歌エリア参照のこと。

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