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短歌時評 第12回 清水亞彦

「賢治短歌」のゆくえ

 地方に住んで、ちょっと得したな、と思う時もある。たとえば先月12日に催された「賢治短歌」のシンポジウム。会場もさほど大きくなく、一時間半と限られた枠の公開講座だったが、これがかなり面白かった。

 司会は佐藤通雅氏。パネリストは石川美南、内山晶太、五島諭、花山周子、盛田志保子の各氏。まず通雅氏が、賢治短歌に対するアプローチとして、60年代「前衛短歌」の「私性脱却」との関連・対比からその作品を見てきたという、自身の基本的なスタンスを明確にし、既に「私性脱却」が当たり前になった世代の代表として、5名に対して発言を求めた。パネリスト選出作品の中から、各1首とコメントを摘記してみる。

はだしにて/よるの線路をはせきたり/汽車に行き逢へり/その窓明し
(啄木の一首は判りやすい「一つの感情」を中心にして歌が作られているが、賢治にはそういう処がない)
(改行によって、リズムが小刻みになっている)…石川美南

あたま重き/ひるはさびしく/錫いろの/魚の目球をきりひらきたり
(例えば土屋文明などに代表される「写実」の手法に対して、賢治の場合は、世界をいったん自分の中に取り込んでから、その「取り込んだもの」を写実する)
(同時代の短歌史からは切れていて、そこに「ガラパゴス的」な多様な面白さが生じる。どこか現代の若手の作品のようでもある)…内山晶太

〔たばこばた風ふけばくらしたばこばた光の針がそゝげばかなし〕
(賢治は対象との距離をとらない)
(やんわりとした苦しみがずっと続いていて、そこから抜けだすことが出来ないという感じ)…五島 諭

この丘の/いかりはわれも知りたれど/さあらぬさまに草穂つみ行く
(賢治の童話にも共通して見られる言葉運びがある。一つの文のなかで、まず対象に入り、降りていきながら、最後は客観に抜ける。それが独特な臨場感を生んでいる)…花山周子

雪くらく/そらとけぢめもあらざれば/木々はあやしき陶画をなせり
(対象との一元性を感じる。空、雲、といったモチーフとの近さは賢治ならではのもの。そこには親和もあれば、異形をみてとる感覚もある)…盛田志保子

 活字になっていない発言を摘記する無茶と、要約の拙さは寛恕いただきたく。いずれも「実作者」としての関心の所在を真摯に語っていて、興味深く聞くことができた。進行役・通雅氏の「従来の研究や背景を重要視せず“サラ”の状態の印象を中心に」という方向づけが、こうしたピュアな反応を引き出したものと思われるが、その方向付けの狙いが奈辺にあったのかを考えるとき、気鋭の若手5名を招いたシンポジウムの意義も、一層はっきりするのかもしれない。

 

…現在、すぐれた研究者が続出し、賢治学ともいうべき分野を樹立しつつある。そのいきおいが賢治研究を年々高度にしてきたが、過剰なまでの精細さが逆に迷路を招来させている。(略)思想・音楽・美術・心理・天文・化学・宗教・農業・教育・演劇などなど、ありとあらゆる分野がそれぞれの知識をひっさげて研究に入り込んできた。

(佐藤通雅『賢治短歌へ』「賢治短歌ということ」)

…今回の「賢治短歌へ」連載中に、すでに何篇もの歌論のあることがわかった。(略)もっとも、多くは既成の歌観をひきずっているため、賢治短歌へ十分に切り込んでいるとは思われなかった。
  …私が一貫してとってきたのは、賢治短歌を〈原文学〉状態、〈原石〉状態の作品も含めて、文学作品としてみる視点である。

(同書「あとがき」)

 永年にわたって賢治に取り組んできた氏が感じている、違和感の存在を、これらの文章は指し示している。賢治研究が専門分野ごとの精細さ・高度さを積み上げていくにしたがって、その「文学」本来の鮮度、衝迫性を失っていくのではないか、という危惧。そして、いわゆる「近代短歌」の尺度をもって賢治の短歌を分析することに対する疑義。

 「賢治短歌」の魅力を若い世代にも伝えたいという想いと共に、こうした二つながらの問題に風穴を空ける方策の一つとして、若手実作者の“サラ”の印象をぶつけてみる。そういったアイディアが、あらかじめ企画には折り込まれていたのだろう。

 その効果というべきか、シンポジウムのおわりに設けられた会場との質議応答でも、興味深いやりとりがあった。詳細は省くが、パネリストの五島氏が選出(解説)した一首の「光の針」という言葉について、来場者である年輩の女性から、一首成立の背景に基づいた、別解釈が述べられたのである。おそらく彼女は、地元で長く賢治の作品に親しんできた方なのだろう。そして(これは想像するのみだが)その行き届いた解釈は、彼女の独創ではないとも思われた。先行資料等の典拠を感じさせる、確信にみちた口調だったからである。

 文学者ゆかりの地で公開講座を催す際の、面白さと難しさとが、こういう場面には浮かび上がってくる。文学と風土の関係。郷土の文学者への一途な敬愛と、そこから生まれてくる地道な研究。ことに賢治のような作家においては、尚更そうした背景が重要なファクターとなるに違いない。その意義についても重々承知の上で、通雅氏は「賢治短歌」の鮮度と衝迫性を、なんとか短歌表現の「現在」へと繋げていこうと考えている筈である。

 会場の女性の読みと、実作者としての五島氏の読み。双方が絶妙のバランスを保ちつつ、統合的に継承されていくのが理想の姿なのだろうが、実際には様々な場面で、ジレンマも起こりそうだ。それはそのまま、「実作者」および「研究者」、同時に二つの基盤に立ちながら批評活動をしていく際の、また「郷土の熱意」と「批評の現在」、双方の事情を射程に入れつつ作品の意味付けをしていく際に、抱える難しさとパラレルである。

 たとえば、岡井隆氏の営為(『文語詩人 宮澤賢治』他)とくらべたときに、そのストレスの多寡と、引き受けようとする対象の広狭とを、思い返さずにはいられない。吉本隆明、小沢俊郎といった先行者の「文語詩稿」への言及を踏まえつつ、あくまで「実作者」として、賢治の「文語相」を修辞に絞って分析していく岡井氏の論述は、個々の作品への言及が、そのまま現代短歌への摂取可能な輪郭線を、それとなく描いてしまっている。これは、生身の賢治というファクターを、敢えて遠ざけているからこそ、打ち立てられた成果だろう。

 また、昨年暮に刊行された信時哲郎氏の『宮澤賢治「文語詩稿 五十篇」評釈』。先行研究のリストを精査し、持てるカードは残らず開示・列記していこうというスタンスの一冊は、「郷土の熱意」と「批評の現在」、二つの橋渡しに関しては、多大な寄与をする労作であり、反面、「実作者」による摂取の立場に限って言うなら「精細さが逆に迷路を招来させ」そうな大冊といえるのかも知れない。

 そして、おそらく通雅氏は、そのどちらでもない行き方を、或いは双方を包摂可能な考察の手法を、目標として求めている途次であるようにも思われるのだ。

 2000年に刊行された『宮澤賢治 東北砕石工場技師論』のあとがきで、氏はこう記している。

賢治の最晩年の過程を、東北砕石工場技師時代を中心にすえて探索するのが、今回の意図だった。したがって、最終章「「文語詩稿」へ」はアウトラインを描くだけで終わっている。「文語詩稿」のみならず、文語相の最初の発露である短歌の検討も十分にはしていない。機会があれば、いつかやっておきたい課題である。

 

 賢治晩年の息遣いが、迫力をもって伝わってくる同書刊行の後、『賢治短歌へ』(2007年)によって、「文語相の最初の発露」についての約束は果たされている。次に読者が期待するのは、最晩年の「文語詩稿」に対する、氏ならではの一歩踏み込んだアプローチである。いずれ将来、刊本としてその約束も果たされると想像するが、その前哨戦として、「賢治短歌」から「文語詩稿」への文語相のゆくたてを扱う、シンポジウムの続編を聞いてみたい気もしている。

 幸い、この度パネリストとして参加した5名は、現代短歌の気鋭であると同時に、文語への理解をも充分に備えたメンバーである。賢治の「文語詩篇」に対しても、その魅力についての新たな示唆を、また、与えてくれそうに思うのである。


※文中の「賢治短歌」、「文語相」は、それぞれ佐藤通雅氏、岡井隆氏による用語

※煩雑を避ける為に、「賢治短歌」のシンポジウムと略記した公開講座の、正式名称は以下の通り

 宮沢賢治学会イーハトーブセンター・宮沢賢治イーハトーブ館 春季・夏季合同セミナー

 「賢治短歌を盛岡にみる」~賢治とチャグチャグ馬コ~(全2日の日程のうち)

 シンポジウム「ぴゃこ塾」による〈賢治短歌、この新しい発見〉

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