短歌時評 第14回 田中濯

やめようかなと思いましたが、やっぱり震災詠について

七月三連休のアタマに仙台に行き、「東北六魂祭」を見てきた。詳しくはHPを見ていただければよいが、要は、東北のお祭りを集めてパッとやりましょう、というものである。もちろん、東日本大震災の憂さ晴らしである。天気もよく、東北各県の六つの祭りが一気に開催されるとあって、たいへんな盛り上がりであった。横断歩道を不法占拠する人々、まさしく十重二十重の人垣、お決まりの「イエス・キリストを信じましょう」の説教まで、祝祭の雰囲気に溢れていた。地下鉄は大量の人出を捌けずに入場制限がかけられる始末で、私は匂当台公園から仙台駅まで歩いたほどだった。原発災害は震災以来延々と続き、気の休まる暇はまるでないが、人間が緊張感を維持するには限度というものがある。その意味で、タイミング的にも今回の「東北六魂祭」は大成功だったと思う。誰が考えたのかはしらないが、高く評価したい―被災三県にも、ようやく非日常と日常を区別する契機が得られたのである。それがたとえ偽りであっても。

翻って、短歌である。震災詠が誌面に溢れ、あるいは隠喩的に意識した歌が発表されている。それはよい。とはいえ、本音をいえば、これらの歌には飽きてきた。いろいろ理由はあるが、最も根本的な原因は、バラエティーがない、ということにつきる。作者名を隠してこれらの歌を読んでみよう。少々の例外を除いて、誰が作っても同じである。地震に驚愕し、原発を憂い、政府を揶揄し、ウツクシイニッポンの桜を褒め称えて終了。要するに、震災・原発災害は他人事なのである。自分が傷つかないように、あたりさわりのないフォーマットを組み上げて、そこから逸脱しないように汲々としている。3.11は、今後近未来に関東に大震災が起こらない限り、第二次大戦の敗北に匹敵する断絶として記憶されるだろう。そのようなカタストロフィーにおいて試されるのは、前例踏襲的マニュアル作成能力ではなく、本質的な思考の力、短歌において端的にいえば、思想詠の強さであろう。

そうした意味で、注目しなければならないのは、今回もまた岡井隆であって、われわれは、いまだに岡井に独走を許してしまう現状を恥じるべきであろう。岡井隆は原発災害直後から原発に対しシンパシーを覚えるという歌を発表し、その精神の太さをみせた。私は原発をもはや汚物としか考えないので、その立ち位置はまるで異なるわけだが、振る舞いそのものには最大限の賛辞を送りたいと考える。

去年とは違ふ朝日が差してゐる机があつて課題テーマがあつて
困つたら人は習慣や型にるだが今日もまた初山踏うひやまふみ
権力につかへる詩人。つかへるかかくれるか 深い沼のあたりで

以上は『歌壇』2011・8月号に掲載された岡井隆の最新作である。いわゆる震災詠ではないが、心境の変化を告白する歌や三首目のような自らを含めた歌人を批判する歌が置かれ、意味深長であろう。さて、これ以外に興味深いのは、『歌壇』2011・8月号における歌のありようである。特集こそ、「短歌にみる戦中・戦後の母たち」ということで、8月号らしく、第二次大戦の出来事を視野にいれた作りになっているが、そのほかの「巻頭作品」「作品連載」については、あの戦争、の匂いは皆無である。おそらくは、あの戦争、について語ることは、もはやリアリティーがないのであろう。このたびの震災・原発災害は、形骸化していた価値観や戦後の政治体制・企業精神の矛盾を一気に衆目に晒したが、短歌におけるモチーフについても、その影響は及んでいくだろう。おそらくは、深く静かに。

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