短歌時評 第18回 田中濯 « 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト

短歌時評 第18回 田中濯

なにを研究するのか 田中濯

角川『短歌』誌において連載中の共同研究「前衛短歌とは何だったのか」が、佳境に入った。九月号の今号からは三号にわたり座談会を開くという。各「研究者」が、四十歳前後の「若手」歌人を集め、彼らが前衛短歌をどのように捉えているかを問う企画である。書き言葉による論考が続くなかで、ナマの、ダイナミックな話し言葉による企画を挿入するセンスはなかなか見事である。この共同研究はいずれ書籍にまとめられ、それはよかれあしかれ、ひとつのカノン(正典)として機能することになると思われる。前衛短歌はついに歴史として完成し、とどめをさされることになるのだろうか。

その座談会ホストである三枝昂之が、同じく九月号の『短歌研究』誌において、関川夏央と対談をおこなっており、興味深い発言をしている。曰く「今の歌人は、若い人は穂村弘と俵万智以降、僕らは塚本、岡井以降が短歌ですからね。みんな近代を忘れている、で、これはやはりまずいと。」。この大雑把な掴みは、おおむね正しいだろう。われわれが、なんとなく、直感的に感じていることだと思われる。これは現在の有力かつマジョリティな短歌制作者の「短歌を始めた」時期が、学生運動盛んなりし時代の「昭和」の三枝たちと、バブル期の俵による短歌の大衆化を経た「平成」のひとびと、に二極化しているためであろう。「昭和」の三枝たちは先達である塚本・岡井を読み、それ以降を主にフォローしたのに対して、「平成」のひとびとは同じく先達である俵・穂村を読み、それ以降を主にフォローした。そのように解釈することが可能だろう。三枝は、塚本・岡井の研究を行いつつも、意識的にプレ塚本・岡井の重要性を指摘しているわけだが、それは彼自身の短歌遍歴に拠るところが大きい、というわけである。

それでは、翻って、「平成」のひとびと、は「昭和」の三枝らの活動・言動にどう呼応すべきだろうか。私は現在三十代であり、完全に俵以降の世代に属する。個人的には、三枝の大雑把な掴みには反駁したい部分もある。すなわち、私が好んで読んでいるのは、岡部桂一郎や小池光であって、例えば、いわゆる「ニューウェーブ」ではないからである。しかし、彼らからの影響は作歌のうえではおそらく大きく、否定するのも詮無き話ではある。それならば、三枝における塚本・岡井と同様に、俵・穂村を再検討することが、「平成」のひとびと、にとっては避けられない話題になるのであろうか。

それももちろん、アリ、ではある。アリではあるが、はたして必要なのか?という気もすることは告白しておきたい。なぜならば、彼ら、特に穂村への言及はごく日常的になされており、交通整理がそろそろ求められることは否定しないけれども、これ以上屋上屋を架す必然性をつよく感じないためである。実は、これは、「前衛短歌とは何だったのか」に関しての最初の印象とも同様であった。もちろん重要な試みであることは否定しないが、現実の世界との剥離を考えないまま、いまだに事あるごとに引用され言及される塚本・岡井について、ダメ押し的に研究をおこなう逼迫性はあるのだろうか、という疑問を開始段階では抱かざるをえなかったためである。

むしろ、「平成」のひとびと、にとってより重要なのは、「平成」のひとびと、にとっての忘れ去られた「近代」、すなわち「前衛短歌とは何だったのか」をまさに問うている三枝や永田和宏たちを「思い出す」ことなのではないだろうか。彼らが、特に若い頃、一体何を歌い何をしてきたのか、ということを批判的に考察することがまずは必要であろう。この世代のトップランナーであった河野裕子が亡くなって一年が経ったが、現状では、彼女についての理性的な研究はまだなされていない、と私は見ている。連綿とつながる短歌の歴史を振り返ることはもちろん重要であるが、誰かがもうかなりやっている歴史、ばかりみていてもなにもはじまらない。未知領域を探ってこその、研究であろう。

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