短歌時評 第61回 田村元

歌人として生きるということ

 江戸雪『今日から歌人!』(すばる舎リンケージ)と加藤治郎『うたびとの日々』(書肆侃侃房)を読んだ。それぞれ、短歌の入門書、歌人の生活を綴ったエッセイ集と、ジャンルは異なるものの、どこか通じ合うものがあるように私には思えた。どちらの本からも、歌人として生きるとはどういうことか、という深い問いを感じたのである。

 江戸雪の『今日から歌人』は、第一部の「言葉に敏感になる 言葉が短歌を生み出す」がいわば総論部分、第二部の「短歌の技法を知る ひたすら言葉の引き算をする」が、具体的な作品に即しての各論部分で構成されている。語りかけるような文体で書かれた文章がとても読みやすく、著者の実体験に基づく具体的な作歌のアドバイスもとても参考になる。初心者の方には勿論、長く短歌に関わっている方でも、一人の歌人の短歌観、作歌の秘密に触れることができるという点で、おすすめしたい一冊である。

 私もこの本からは様々な示唆を受けたが、特に心に響いたのが、第一章の「九、短歌にすくいを求めない」という項目である。江戸は、「短歌を作るとどうなるのか、なにかいいことがあるのでしょうか」という問いを掲げ、その問いに次のように答えている。

 もしかすると、短歌を作ることでなにか悩みが晴れてすくわれるのではないかとおもっているひとがいるかもしれません。
 あるいは実際に、短歌を作ることで自分がすくわれたと感じるひともいるでしょう。
 けれど、それはすくわれたのではないとおもいます。
 なにかにすくってもらうほど私たちの棲む世界は単純でもなければ、短歌は誰かをすくうほど生やさしいものではないと私は考えています。
 短歌を作り続けて、たとえそこでなんらかの変化があって苦しみを乗り越えることができたとしても、それは自分が自分と向き合った結果なのではないでしょうか。
 (中略)
 そんなとき、言葉を探り自分と向き合うことのできる短歌を手に入れていることはたしかに強みになる場合があるのだとおもいます。
 つまり、短歌を作ることですくわれたと感じたひとは、短歌を作る過程で、新しい自分に出会ったのだとおもいます。

 短歌を作ること自体には「すくい」はないが、短歌を作ることを通じて新しい自分に出会うことで、結果として、苦しみを乗り越えられることがある。なぜ、短歌を作ることで新しい自分に出会えるのか。それは、「言葉を見つめるということは、自分を見つめることだから」なのだという。

 短歌を作ることで、新しい自分に出会うことができるという短歌観は魅力的である。しかも、短歌という詩型が持っている、文学や芸術などの範疇に収まりきらない機能を、うまく言い表しているように思うのである。江戸の文章を読んでいて、どういう訳か、近藤芳美の「人間いかに生きるか」(三枝昂之編『歌人の原風景』)という言葉や、島木赤彦の「鍛錬道」などといった言葉が頭に浮かんだ。短歌を詠み、歌人として生きることを、哲学や倫理や道徳といった分野に結びつけた短歌観は近代以降、少なからずあるが、江戸の文章からも、それに近いものを感じるのである。

 加藤治郎の『うたびとの日々』は、その名のとおり、歌人としての日常を記したエッセイである。歌人の現実をかなり具体的に描き出しており、エッセイ集でありながら、歌人としての生き方入門のような側面もある。例えば、次のような部分は、これから短歌をはじめようとする方や、これからも短歌を続けていこうとする方にとって、かなり実践的なアドバイスになるのではないだろうか。

 実生活と作歌。どう折り合いを付けていくか。歌人にとって大きな問題である。職を辞す段階にまでは到らないにしろ、仕事と短歌、家庭生活と短歌、どちらを優先させるか。その苦しい選択の連続であると言える。
 何とかうまく調整して、調整して実生活と作歌のバランスをとっていくことだ。その上で、ぎりぎりどちらかを選ばなければならない場面が来るだろう。
 もし、相談を受けたらどうするか。私の答えは、はっきりしている。仕事や家庭を選ぶことだ。それが緩い選択だとは私は思わない。なぜなら、仕事や家庭が目茶苦茶になれば、作歌の基盤は崩れ去るからだ。事実、それで歌をやめていった仲間を幾人か見てきたのである。(「実生活と作歌」)

 私自身、仕事と短歌のバランスがうまく取れなくなり、かなり苦しんだ時期があったので、この文章は本当に胸に迫るような思いで読んだ。日々の仕事や家庭生活に追われながら、短歌に関わっている多くの方(たぶん、ほとんどの方がそうだろう)に、ぜひ手に取って欲しい一冊である。

作者紹介

  • 田村 元(たむら はじめ)

1977年 群馬県新里村(現・桐生市)生まれ
1999年 「りとむ」入会
2000年 「太郎と花子」創刊に参加
2002年 第13回歌壇賞受賞
2012年 第一歌集『北二十二条西七丁目』刊

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