短歌時評 第73回 田村元

テーマを持った第一歌集

 今年は読み応えのある歌集が本当にたくさん出版されている。どれも魅力的で、それぞれ様々な角度から読むことができる歌集である。全て紹介しきれないのが残念なのだが、今回は、そんな中から、男性歌人の第一歌集三冊を紹介したい。

 一冊目は、永井祐歌集『日本の中でたのしく暮らす』(BookPark)である。

なついた猫にやるものがない 垂直の日射しがまぶたに当たって熱い
1千万円あったらみんな友達にくばるその僕のぼろぼろのカーディガン
わたしはやはり富士山にのぼらない方がいい気がするし花火であそぶ
エスカレーターのぼってゆくと冷えてくる上の階ほど寒い気がする

 5月に刊行された『日本の中でたのしく暮らす』は、既に短歌総合誌などで論じられ始めている。例えば、「歌壇」9月号の時評では、染野太朗が、「たのしく」や「明るい」といった言葉に、言葉を細分化していく欲求の剥奪、あるいは拒否を読み取っており、「歌壇」10月号の評論では、斉藤斎藤が、助詞や助動詞を中心に成り立っている永井のような口語短歌は、名詞を中心に読もうとすると齟齬が生じるのではないかとの指摘をしている。どちらも興味深く、永井の作品については、表現をめぐる議論が今後もなされるだろうと思う。
 一方で、『日本の中でたのしく暮らす』は、はっきりとしたテーマを持った歌集であることも見逃せない。一首目では、自分になついてくれた猫にあげるものを、何一つ持っていない現実が描かれ、二首目では、ぼろぼろのカーディガンを着ている〈僕〉なのに、もし1千万円あったらみんな友達に配ってしまうのだという。この歌集のテーマの一つは、〈所有していない〉という現実である。あるいはもっと積極的に言い換えれば、〈所有しない〉という思想と言ってもいいかもしれない。レンタルビデオやマンガ喫茶などの、物を借りる場面がよく出てくるのも、同じテーマの裏面である。三首目と四首目からは、高いところへの登ることへのためらいが伝わってくる。上昇志向のようなものから離れて、地に足がついたところで自らの生き方を見つめて行く。そんな現代の青年像が立ち現れる。

 二冊目は、内山晶太歌集『窓、その他』(六花書林)である。

冬空を叩きて黒き鳥がゆく一生は酸しとおもう昼過ぎ
春の日のベンチにすわるわがめぐり首のちからで鳩は歩くを
かけがえのなさになりたいあるときはたんぽぽの花を揺らしたりして
いくつかの菫は昼を震えおりああこんなにも低く吹く風

 人間には、喜怒哀楽という感情があると言われるが、『窓、その他』に収められた357首は、かなしみの357通りのヴァリエーションである。人としてこの世にあることのかなしみ。それを一貫して詠い上げているのが『窓、その他』である。一首目の、冬空を見上げたときに目に入った黒き鳥は、人生の酸っぱさを凝縮した、かなしみの結晶のようなものだろう。また、二首目から四首目のような、視線の低い歌は、内山の歌の魅力の一つである。鳩や、たんぽぽや、菫などの、膝の下の世界への心寄せによって、かなしみの重量がふっと軽くなるのだ。悲しみや哀しみが、ひととき愛しみに変質すると言ってもいい。上ばかり見ている人間には、到底描くことのできない世界だろうと思う。『窓、その他』が、多くの読者の共感を呼んでいる要因は、こんなところにあるのではないだろうか。低いところへの親近感という点では、永井祐の作品とどこか通じ合うところがあるかもしれない。

 三冊目は、山田航歌集『さよならバグ・チルドレン』(ふらんす堂)である。

地下鉄に轟いたのちすぐ消えた叫びがずつと気になつてゐた
世界ばかりが輝いてゐてこの傷が痛いかどうかすらわからない
風がさらふ雪を見ながら抱き合つたdocomoショップの光を浴びて
カフェオレぢやなくてコーヒー牛乳といふんだきみのそのやり方は

 生きにくさをテーマにした歌が多い。一首目の地下鉄に轟いた叫びは、他者の声であると同時に、自らの内から湧き上がってくる叫びでもあっただろう。自らの内に叫びや傷を抱えつつ、光り輝く世界とわれとを繋いでいくための試行錯誤が、『さよならバグ・チルドレン』からは読み取れる。われが世界へ繋がっていくためのチャンネルの一つは、三首目に詠われているような恋愛であり、もう一つは、山田の作品が受け継いでいる、前衛短歌からニューウェーブに至るまでの短歌の修辞を駆使した、短歌表現によって世界を読み替えて行くという試みなのではないだろうか。四首目のどこかユーモアを感じさせる歌は、相手にやり方が古いよという指摘をしている場面だと思うけれど、カフェオレとコーヒー牛乳という言葉のイメージをうまく生かしていて説得力がある。こんな一首に向き合うと、世界がふっと近づいてくるような印象を受けるのは、私だけだろうか。

 男性歌人の第一歌集三冊を紹介したが、それぞれ表現は個性的でありながら、明確なテーマを感じさせるところが頼もしい。彼らの今後の作品にも、大いに注目していきたい。

作者紹介

  • 田村 元(たむら はじめ)

1977年 群馬県新里村(現・桐生市)生まれ
1999年 「りとむ」入会
2000年 「太郎と花子」創刊に参加
2002年 第13回歌壇賞受賞
2012年 第一歌集『北二十二条西七丁目』刊

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