「詩歌梁山泊~三詩型交流企画」第2回シンポジウム第1部講演報告藤井貞和 « 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト

「詩歌梁山泊~三詩型交流企画」第2回シンポジウム
第1部講演報告
藤井貞和

1、いまを引き返さない

 最初にやや不穏当な話題から。

 欧米の大学は推薦書文化です。ある学生が大学院を受けるとき、もとの指導教授に、その学生が上から3パーセントにはいっているかどうかを推薦書に書かせます。差別や学校間格差を助長するようで、日本ではあまりきもちのよい話題ではないけれど、でも、なぜ3パーセントか。将来、世界を飛び回る(ノーベル賞を取りにゆく)ような子は、教授団より優秀です。そういう子を3パーセント、お預かりして、だいじにしてゆけば、その大学の将来は伸びます。先生たちよりもできる子たちだから、とうぜんですよね。

 短歌や俳句の結社にしても、たとえば「未来」において、岡井さんよりも優秀な歌人が3パーセントいればよいわけです。馬場さんよりできる歌人が3パーセントいれば、「かりん」は安泰で、将来が保証される。

 いきなり脱線しておりますが、東京大学を初めとする原子工学が、御用学者と一口に言うのは酷だとしても、何ものかへの使命感はともかくもとして、文明への倫理観のなさ、文化的想像力の貧困さは、目を覆うばかりです。ひどい、こんなひとたちにやらせていたのか。

 私と同世代の、ほんとうに優秀な友人たちが、初期のころの原子力産業へ、就職先としては花形ですから、はいっていって支えました。

 安心してまかせていた、というのが実感でしょう。

 しかし、学術的にはどんどん堕落していたのです。おそらく、3パーセントぐらいが海外へ出たあとを、残る優等生たちが教授となって、できる学生をまたまた排除して、というようなことを繰り返して、いまに至ったのではないですか。

 みなさんは二人の名をただちに思い合わせるでしょう。岡井さん、それから吉本さんです。臨床医学的に言うと、というか、原発を重病人にたとえると、いま原子力科学者や技術者たち(医者たち)が撤退してくれては困るわけです。「原子力、やめた」とか言って、何千人かがいっせいに詩を書きはじめたり、歌人や俳人になってくれても……

 岡井さんにこそ、原子力産業を取り巻く学的環境の堕落や貧困に対して、言うべきを言ってほしい。脱原は思想であり、政治ですが、一方で、科学者や技術者たちに命がけでとりくんでもらわねばなりません。原発が思想であり、科学であり、そして文学であることを分かるのは、医者でもある岡井さんなのだから、やってもらおう。

2 「廃原発」論の生成

 吉本さんは、四年前か、思潮社の記念行事で、車いすを押して登場なさり、あの調子で繰り返し繰り返し、西行なら西行の名を出しながらのお話でした。希有の思索者である人の、脳内から毎日、脳細胞が一万粒ずつ、はがれて死んでゆく状態のなかでの、それと抗うような、なかなかの見物でありました。

 あれから四年、「科学技術は引き返せないんだ」という、新聞や週刊誌での、吉本インタビュー記事です。『カナ』で高良勉さんが書く通りで(見せる)、「本気か」。けっして推進派ではないが、科学技術が原子力へと転身したとき、引き下がれないんだというのは、吉本さんのずっと主張です。原子力を解放したとき、その制御のシステムも人類は手にいれたんだ、という主張でしたね。

 早い話が、原発を人類が制御できるというのは、吉本の(科学者をも含めた)大衆への「信頼」というか、「大衆」理論に基づいています。もし制御できなくなったらどうするのだ、という意見は、その時から出ていました。

 われわれの想像力がためされます。一思想家が、のこる思想的脳内の細胞をふりしぼって、何を言おうとしているかです。幸い、ばななさんのツイッターによる、パパを弁護する説明があって、それによると、廃炉対策を込めて言ってる、そういう、引き返せなくなっている選択肢なんだと、吉本さんは言おうとしていると分かります。

 「廃炉対策」という語はだいじです。吉本の言うことの延長上で、考えたいことはある。御用学者が指導教授であるような教室で、そのもとで学ぶ若者たちはいま、なかなか難しい局面にたたされていると思いますが、やめないでくれ。予算も削らないで欲しい。つまり廃炉ということばに集約させることで局面打開ができるのは、かれらであると。

 和合さんの「廃炉詩篇」という長い詩を、電子新聞で聴くことができました。これは、日本社会の起死回生にかかわるといってよい作品です。福島の詩人たちにとり、若松さんの作品を私は引用しましたが、反原発の思いが何十年もあり、いま原発難民の苦しむなか、廃炉つまり、廃原発という方向がはっきり見えてきました。反原発から廃原発へという道を福島の詩人たちはしっかりと指し示してくれています。

 喜多方の俳人、五十嵐進さんも、脱原発とは言わない。石原吉郎を引用しながら、五十嵐さんのエッセイをひじょうに感銘深くうけとりました。福島の詩人たちはまた歌人たちでもあり、かれらからの視線と心の声とをいま県外のわれわれ内部とシンクロさせる段階に来ている。

3 「かた」と「かたち」

 「かた」と言い、「かたち」と言います。詩人にも歌人にも俳人にも、日々、「かたち」を決めて書くとか、言いますね。「かた」と言ったり、「かたち」と言ったり。「かた」は絵、図形、輪郭のことを言います。「ち」は何でしょう。血、そして乳、ティ。どちらも内部を流れ、ときになかから溢れてくる。血は「どくどく」と流れると言いますが、母乳はどういうのかな。とにかく内部をめぐり、横溢する。

 「ここち」。内臓を流れ、あふれる「ち」が「ここち」です。霊力と言う言い方で、「ちはふ、ちはやぶる」、古語にはそれこそ「ち」が溢れます。「いのち、ちから、ちかひ、ちぎり」。

 そして「きもち」。若者たちが「きもい」など言うのは、「きも」という本来の意味が復活している言い方です。「気持ち」と宛字していると、「肝ち」の意味がわからなくなります。沖縄語では「ちむ」。

 現代詩は「かたち」を自分できめなければなりません。「かたち」を決める自由があるということが自由詩の意味かもしれません。でしょう。森川さんの詩集二冊にも「かたち」がつらぬき通っています。「かたち」の意識のない、だらだら現代詩にはありますが、だらだら、だーだーは別として、「かたち」を完全に喪うことはたしかに現代詩の極北としてあります。

 一般には、かたちを作中につくっています。私はある形で書くと、そのかたちでもう一つ書きます。そして、陶芸家たちがかまをこわしたり、鋳型をこわすように、もう使えなくします。私の場合、おなじ感じの作が二篇づつ、ペアでできます。

 短歌や俳句はどうでしょう。やはり、定型といわれる形式のなかで、「かたち」をつくる苦心があるでしょう。とともに、定型も「かた、かたち」と言いますから、ややこしい。定型に凭れかかり、無自覚な書き手は多いでしょう。だらだら、だーだー現代詩とおなじで、だーだー短歌、だーだー俳句はいっぱいあるわけです。そこで、定型のことを「かた」と言い、そのなかを埋め、形式をつくりだす苦心を「かたち」というようにします。

もぐら叩きみたいな表です。

現代詩
(近代詩を含む)
短 歌 俳 句
定型詩か 〇→×
音数律か 〇→× ×
自由詩か 〇→× ×
口語詩か ×→〇 ×→〇 〇/×
文語詩か 〇→× 〇/× 〇/×
日本語か × 〇/×

4 音数律と「俳句」

 むろん、575を、となりのひとも575、俳句と言えば575、というかぎりでは、「5」でしょ、「7」でしょ、というきまりがあって、音数が決まっています。決まっているだけで律と言ってよいのか。「律」はリズムです。繰り返されるとリズムではないか。「5」があるだけだと、5文字がありました、というだけ。5のかたわらに5を置いて、リズムがある、そのように作品のなかからまさに出てくるリズムをほしい。「ち」ですね。

 そうすると、575はどう見ても、音数律がはじまる直前でもち堪えている。「575」と来て、「5」がくれば音数の律がはじまる、その直前で、手をさしのべながら、一瞬の静止です。

 このことは誹諧としての発生からもいえることで、連歌という、ゆたかな原泉から俳句が成立してくる過程でうけとった本質です。俳句は自由詩なのです。

 季語について。

 私は俳句をほとんど作りません。訊かれるのですが、ないですね。しかし、575は便利というか、たとえば卒業生に送ることばを何か、書いてください、とか、ゼミの後輩がたのんでくる。古典の担当だから、何か書いてくれるかしら、ぐらいのきもちでしょう。で、57577は書けないですね。女子学生宛だと、恋の歌になってしまうし。虚構が発生するというおもしろいことではあるのですが。

 575だとそういうことはありません。そうして見ると、季語の端的な存在理由は色恋沙汰を排除するためだ、ということがわかります。古今集には恋の部が四分の一、万葉だともっとありますか。百人一首にも多いですよね。近代以前では「ばれ句」というか、ポルノグラフィーとして575は元気でした。近代になると、短歌はまだしも青春の文学としての体面があって、色恋短歌を一角に残しますが、俳句になると、色恋はだめという、自然や年中行事や人事に絞って作りなさい、と言う合図が季語なのではないでしょうか。

現代詩は「詩のことば」(詩的言語)で書きます。日本語しか知らないから、仮に日本語で(私などは)書きますが、対して、徹底的に日本語でしか書くしかないのが短歌です。その言語固有の韻律を持つとはそういうことでしょう。

 すみません、さいごは、「帰り道に気をつけな」と忠告されそうな言い方になりました。(2012/05/04記)

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