訪問船  瀬崎祐


訪問船  瀬崎祐

船が降りてくるそうだという噂が街に流れはじめている
それは雨期の前ごろからささやかれていた噂だったが 
人びとは半信半疑だったのだ これまでにも幾度ともな
く同じ噂が流れ そのたびにささやかな期待は裏切られ
てきたからだ 
しかし 今回の噂には信憑性があると街の電信技師は言
いふらしている たしかな信号を受信したのだ もう船
はそこまで来ていると
 
超えることの出来ない高い城壁で囲まれたこの街には 
小さな城門があるだけで そこから外へ出て行こうとす
る者はいなかった 人びとは自らを閉じ込めるために城
壁を築いたのだったから そのために 今では城壁の壊
し方を知るものもいなくなってしまった 
街の中央の広場には船の発着場が作られている 船はそ
こへ空から降りてくるはずだった 人びとはそう聞かさ
れてきたのだが はたして誰が教えてくれたことだった
のかは 誰も覚えてはいない
 
船には食料や水が積み込まれているはずだった 街の人
は空腹でもあったが特に喉の渇きに耐えていた なによ
りも身体を潤すことを欲していたのだ 
人びとの皮膚は乾ききっており しなやかさを失ってい
た もはや感情をあらわす際の表情をつくることもでき
なかった すると感情も失なわれていった 体臭も失わ
れ 排泄物も失われた ただ唇を動かさずに発すること
のできる音のような言葉だけが残されていた 
風の強い日にはその言葉があちらこちらで重なりあって
は城壁を越えていった
 
船に乗りこむことが出来たら快楽が味わえるだろうと期
待している人もいる 
船には乗りこんだ人の身体に合わせて包み込むように形
を変える部屋があり 異国の香りのする粘稠な液体を分
泌しながら律動するというのだ その部屋の中で身体は
柔らかくなり 人は次第に形を失っていくというのだ 
そればかりではない その人は粘稠な液体となって新た
な人との融合を果たすというのだ それが快楽以外の何
ものであろうかと 人は思うのである
 
こうして街の人は船が降りてくるのを待っている 今の
この苦痛は船が降りてくるまでの試練に過ぎないのだと
自分に言い聞かせながら 明日にも船がわれわれのもと
へ降りてくるだろうと言い聞かせながら
船は待っている人のところに降りてくるのだ 本当に待
っていれば船は降りてくるのだ 
発狂した電信技師はすでにどこかに幽閉されている

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