汚れた戦争(IXA)の話をしよう 添田 馨

汚れた戦争(IXA)の話をしよう
添田 馨

汚れた戦争(IXA)の話をしよう
きみたちは広き門より入りたまえ
そこに広がる滅びの景色は
誰もがよく見知っているわけではない
蒼ざめた群馬の放牧地が
無尽の血の雨で洗われたことなど
昔がたりの寝言なのだと
信じるのはまったく自由だ
だからこそぼくはきみに話したいのだ
いっしょに語り明かしたいのだ
はじめてきみが召集されたとき
なにをどう思ったのかは関係ない
たぶんそれは作られた感情だから
ただひどく分裂した心音が
耳もとで鳴らなかったか?
たとえ覚えていなくとも
冷えた汗が喉を伝わなかったか?
周りの者たちはどう思っただろう
たとえばきみのお母さんは?
そしてきみのお父さんは?
ふたつ歳うえの姉さんは?
尋ねることは無意味ではないが
それは回答不能の問いかけだ
時間はない
つねに時間はないのだ
戦争(IXA)はもう始まったのだから
巨大すぎて見えない歯車が
ギシギシ不吉な音をたてて
回り始めてしまったのだから
後悔する時間はもうないのだよ
だからいまきみに言っておく
きみが赴こうとしている戦争(IXA)は
じつは美しいものではない
見かたによっては
美しく見えるかもしれない
動員された最初のころは
そんな希望を誰でもが抱きがちだね
だがちがうんだ
広き門から入っては駄目なんだ
悪はいつも泥団子のように作られる
つねにつくられるのが悪なんだ
イグジストじゃなくてアクト
パーミットじゃなくてアウト
自分だけが手を染めずに済むなんて
ぜったいにないんだ
誰でもが悪をなしうるし
なさざるを得なくなる
それが戦争(IXA)なんだ
それが戦争(IXA)の怖いところだ
もうきみたちは個人ではないし
軍隊の自由のないひとりにすぎない
そこに戦力として補充されても
個人として尊重されるなんてことは
もうにどとないんだ
あの優しかったきみはもう消えた
兵士としての君しか
いまはもう残っていない
失った多くの価値のかわりに
得たものは嘘くさい支給品ばかり
そこでかんがえてみるんだ
なぜ自分はここにいるのかと
きのうまでのきみは
あるいは庭師であり
あるいは理容師であり
あるいは調理師であり
あるいは歯科技能師であり
あるいは整体師…
…だったかもしれない
満足してたかどうかは関係ない
庭の植木を剪定したり
髪をきれいに切りそろえたり
パスタをおいしく仕上げたり
とれた入れ歯を直したり
腰の痛みをケアしたりすることは
どれもだれかを快適に
幸せにする仕事だった
きのうまでのきみは
あるいは看護士であり
あるいは介護士であり
あるいは弁護士であり
あるいは税理士であり
あるいは消防士…
…だったかもしれない
満足にできていたかどうかは関係ない
患者の苦痛を和らげたり
障害者の歩行をたすけたり
被疑者の罪を軽減したり
納税者の利益を保護したり
被災者を救護したりすることは
どれもだれかを安全に
守ってあげる仕事だった
だからかんがえてみてほしい
そういうことから完全に切れて
兵士のきみに課された義務を
やりたくないだろうけど
いまやってみてほしい
国旗や軍旗への敬礼はかかせない
朝夕の点呼もかかせない
銃の手入れもかかせない
認識票の携帯はぜったいだ
上官の命令もぜったいだ
国への忠誠もぜったいだ
敵への憎悪もぜったいだ
日々の訓練はかかせない
武器の操作もかかせない
突撃の練習もかかせない
兵士には国土を守る大義がある
兵士には国民を守る正義がある
兵士には敵国を攻める大義がいる
兵士には敵兵を殺す正義がいる
だがよくよくかんがえると
じつはそんなものはないんだ
敵なんてもとからいないんだから
いるのは名も知らぬだれかであって
敵なんてどこにも存在しないんだ
大義こそが敵をつくるんだ
正義こそが敵をうむんだ
つくりあげた敵におびえ
つくりあげた敵にいかり
つくりあげた敵をにくみ
そうやってつくりあげた敵を
兵士にまつりあげられたきみは
殺しにいくというわけだ
だれかを快適に
幸せにする仕事ではない
だれかを安全に
守ってあげる仕事ではない
名も知らぬだれかを危険にさらし
名も知らぬだれかを
死体化(デッドファイ)させる
そんな仕事しかもうないんだ
だってあいては敵なんだから
敵は殺さなくてはいけないんだから
でもくどいようだが
敵なんてもとからいないんだ
じっさいに
きみが殺さなくちゃならぬのは
愛すべきはずのだれか
じっさいに
きみが憎まなくちゃならないのは
心やさしいはずのだれか
つまるところ
もともと敵じゃないだれかを
敵とみなさなくては
ぜったいにできないことを
きみはやらされようとしている
もともと敵じゃないだれかを
殺すようしむけられている
それっておかしくないか?
いったい誰が敵じゃないだれかを
われわれの敵だと決めつけたのか
どんな権利があって
決めるつけることができたのか
力がはたらいたからなんだ
おそろしい力だ
疑いと憎しみと冷酷さいがい
なにひとつうみださず
敵対する感情しかうみださない
汚れきった力というものがあるんだ
そんな力がひとびとを
熱狂させるやすっぽい手品で
いつしか希望のように語られる
そうやって汚れた戦争(IXA)は
無数の手足をもつようになる
ひとりでにどんどん歩きだし
ひとりでにどんどん肥大していく
おそろしいプロセスだ
まるで巨大なムカデだ
ゴーイングウォーの行進だ
ザックザックザックザックと
ムカデは耳のなかを行進する
ザックザックザックザックと
ムカデは血のなかを行進する
やがてひとびとの頭のなかは
その足音でいっぱいになり
思考する回路がパンクする
戦場だけが意味のある世界なのだと
誤認することになる
そこに人間(ヒト)のすがたはみえない
みえているのはなにか蠢くもの
みわたすかぎりの戦場を
死霊化(ゾンビファイ)されたなにかが
こっちにむかってくるのをみるのだ
まるでホラー映画のエキストラだ
その仲間にきみは絶対入っちゃだめだ
ありとあらゆる方法で
ムカデはきみをひきこもうとするだろう
そしていちどでも仲間になれば
きみは仮想空間からでられなくなる
ヘルメットだとおもって被ったのは
じつはVRゴーグルだったんだ
それを着けるとたちどころに
怖ろしいゾンビどもがあらわれる
ゾンビどもが凶暴な武器をもって
世界を巨大な戦場にかえてしまう
そうやって
ゴーグルを着けたものどうしが
敵のほんとうの姿をみないまま
ゾンビだと信じてあいてを殺す
それが戦争(IXA)なんだ
戦争(IXA)のほんとうの姿なんだ
ゾンビだから殺せるのさ
人間(ヒト)だったら殺せるわけがない
そうぼくは信じるから
こうやってきみに話してる
リアルに戦っているのはじぶんだと
きみは思いこんでいるだろう
だがそれは幻想なんだ
じっさいに戦っているのは
兵器であってきみじゃない
兵器が破壊できるのは
あいての兵器であって敵じゃない
砲弾が銃弾にかったからって
きみの正義があいての大義に
勝利したわけじゃぜんぜんない
きみの国はあいてに攻撃されている
たくさんのきみの仲間が死んでいる
それとまったくおなじことが
あいての国でもおこっている
あいてもきみらに反撃されて
あいてもおおくの仲間が死んでいる
攻撃するものは
殺すことだけが義務となり
反撃するものも
殺すことだけが義務となる
こんな関係だれが望むだろうか
ほんとうに守るべきものは
ほかにあったはずだった
守るべきものは何だったかを
思いだすことができないなら
殺しあう理不尽を白紙にもどして
そのことだけを思いだすんだ
思いだす努力にかけてみるんだ
きみの命をまもるために
なかまの命をまもるために
命がけで思いだすんだ
戦争(IXA)をはじめたやつに
やめる気なんてないのだよ
でもだれかが
終わらせなくてはならない
きみがそれをやるんだ
そのさいしょの一歩をはじめるんだ
どんなに大変なミッションか
思い知ることになったとしても
このちいさな一歩は
人間(ヒト)の心をもっていないと
ぜったいにふみだせない一歩だ
はじまった戦争(IXA)を
終わらせるためには
もうひとつの戦いが必要なんだ
いまのじぶんの無防備さと
いまのじぶんの無関心さと
いまのじぶんの無批判さと
ふかく交わるように戦うんだ
じぶんでじぶんと戦うんだ
広き門からはいったことを
きみは恥じなくていい
こんなことにはほんとうは
みんな関わりたくはないんだ
だからこそじぶんを守ろうと
関心そのものを遠ざけてきたし
理解しようともしなかったし
意見をもとうともしなかった
きみなりのそれが自己防衛だった
ぜんぜん恥じなくていい
すべてはじぶんを守るためだった
ところがそのやり方では
もうじぶんを守れないんだ
骨身にしみてそう思えたときから
自由への狭き門は扉をひらいてゆく
自由への命がけの手さぐりが
きみのなかできっとはじまるはずだ

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