第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載 住まう 何村 俊秋

 以下の詩「住まう」は、『現代詩手帖』二〇二五年一月号の投稿欄で選外佳作をいただいたものです(選者は川口晴美さん)。短いながら励みになる選評をいただき、たいへん感謝しています。せっかくならと思い、ここに発表することにしました(発表するにあたり、少しだけ手直しをしています)。
人間は詩人として住む──あるいは、詩的に住む、などと、専門家によって訳し方は様々なようなのですが、ハイデガーが援用したことで知られるヘルダーリンの詩のフレーズに、何気ない暮らしのなかでふと、思いを馳せることがあります。今のところ原文を読む能力はないし、エピグラフに用いたりするのも気が引けるなぁと思いつつ、でも、住むことをテーマの一つとして詩作してきた自分にとっては丁寧に考えてみたいフレーズでしたので、この場を借りて恐る恐る言及してみました。
何はさておき、「住まう」は変な詩ですけど、楽しんでいただけたら嬉しいです。

第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載
住まう
何村 俊秋

住む、
住まう、
暮らし、
住まいに、
暮れていった、


想は黴臭い六畳一間から始まった、日に焼けた床はワックスが剥がれて、ざらざらと乾いた魚の肌のようだった、埃は本棚の隙間で仲間を増やして、いつの間にか台所の油染みに絡まった、シャワーカーテンはバスタブにぴたりくっついた、流しを指で押すとステンレスがみりみり鳴った、流しの下の戸棚にはS字型の排水管が剥き出しだった、洗濯機の重みに蛇腹のホースが押し込められていた、リモコンはいつもなかった、

は広々と平たい木造家屋にも住んだ、天井裏にはねずみが住んだ、その爪音は小気味よく夜の木の板を駆った、畳の手触りと仏壇の匂いがあった、2LDKのマンションにも住んだ、白いビニールクロスの壁は爪で捲れた跡があった、共に住む人々は家族、とも呼ばれた、床に寝転がる家族も、ソファに寛ぐ家族も住んだ、バスタオルが共用の家族も住んだ、バナナを冷蔵庫に入れる家族も住んだ、残り物をタッパーに入れる家族も、鍋に入れておく家族も、ドアを開けたままトイレに入る家族も私を住んだ、誰もがいつかは私を後にしたが、私はたしかに住まれていた、

は住まれた、床はたいへん散文的な平面であった、だが床下には虹色の闇が広がっていた、給水の太いパイプから分岐して、ピンク色のポリエチレン管が5本伸びていた、ねずみ色の排水管の上をまたいでトイレの方へ、錆びて土色に変色したぼろぼろの鉄管に繋がっていた、3本のライトブルーのポリエチレン管が、ぐにゃぐにゃと基礎を貫通して、排水管の下をくぐって風呂場へ伸びて、もはやどの管がどの管であるのか、管自身にすら分からなくなって、気がつけば、かつて住んだ木造の平屋であった、管はまだどこかへと伸びていくようだった、

に住む者たちもまた住まれていた、数えきれないほどの美しい細菌たちが、その身体にひっそりと共棲していた、身体の内側には管が通っていて、流れる空気と水を束ね、血を隅々まで巡らせた、カーテンの襞々が揺れていた、深く息を吸った、蛇口の細長い背中に薄く埃が乗っていた、目蓋を閉じたら紫いろの翅が見えた、パイプの内側を熱くて重たい空気が擦っていった、音は振動となって鉄骨を伝っていった、深く深く息を吸った、鼻腔の天井が冷えて、喉の濡れた壁を細い空気が掠めて、膨らんだ肺臓が胃や腸をやさしく押した、するとお腹の底まで澄んだ空気で満たされたように感じられた、

のない夢のように北部屋は結露した、ドアを開けるとまた六畳一間のアパートメントだった、ただいまと言った、隣人の咳の音も孤独だった、にちにちにちにち、とシャワーの水がまとまってタイルに落ちる音がして、ぬめり気のある水は下へ、下へと抜けた髪の毛を巻き込みながら、再びポンプの力で上へ、上へと血は巡って、じりじりと汗を噴き出して、新鮮な水と空気が循環した、つまり私は感じていた、私を住む者たちの呼吸を感じながら、私はたしかに呼吸していた、

暮らす、
とは、たいへん散文的な字面であるよう思われた、大抵は、その日を暮らす前に暮れていくものがあった、だが私が暮れてしまうこともあった、誰もが暮らしながら、暮らされていた、窓に陽が落ちようとしていた、

──窓

まっくらだった
窓が見えた
たくさんの窓だった

蛍光灯のひかり、電球色のひかり
星よりも、数よりもたくさんの窓、窓が
見渡す限りの暗闇にぽつぽつと浮かんでくる

(私には見えている)

ここからは、一つ一つの窓がはっきり見えて
その一つ一つに暮らしがあるのだった

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