



雪割草
平居 謙
あれは
いつの日のことだっただろうか
川岸に
綺麗な白い花が
溢れるように咲いていたね
僕は
あ、ユキノシタがとっても綺麗だね
と、知った風のことを
きみに告げた
そして僕らは
何処へ向かうともなく
濠川に沿って歩いていった
クラスの女の子たちが
さも仲良さそうにしているけれど
意外とそうでもないことや
きみのお父さんが暴君で
夜の9時までに帰らないと
雷が落ち続ける
なんて話を僕にしていた
十石舟が時折静かに通ってゆく
中から手を振ってくる人たちもいる
先輩の送別会のビールが程よく効いて
僕は夢見るような気分だった
僕も「最近ある女の子と踏切で待っていた時に
〈飛び込もうか、一緒に〉とジョークを言ったら
〈絶対に嫌〜〉と突然涙目になられて困った」っていう話なんかをわけもなく細かく話していたよ
それを見に行ったはずなのに
桜はまだ蕾がいくつ分膨らんでいる
という具合に過ぎなかった
留学生同士らしいカップル2組と
すれ違った
みんな手を繋いでるね
僕が手を差し出すときみは
「いや〜ね〜 叱られるわ」
と笑いながら言った
僕はどこか素敵な言葉だな
と思ったけど
誰に叱られるのか
考えもしなかったんだ
僕たちはそのままずっと
川岸を歩いていったね
卒業後しばらくして
きみは雪割さんという
とっても綺麗な姓に変わった
*
あの川岸のことを思い出すと
今でも不思議な気持ちがするよ
また白い綺麗な花のもとで
今度は偶然にきみと
すれ違ったりするんじゃないかとか
あの花の名前は
もしかしたら
雪割草ではなかったろうか
などと
とめどなく心が揺れて
揺れて揺れて動くような感じに
今もなるよ
(2025.3)