魔女の庭   石田瑞穂


魔女の庭   石田瑞穂

地下室のような中庭に出ると
そこも鋪装されていて 木漏れ日が
通りに面した天窓から輝いていた
コンクリートによって汚染され
アルカリ化した土壌に 電柱の根元を好んで咲く
ナガミヒナゲシの茜色の花と芥子坊主が
そこかしこに垂れ下がり
草花や暢子骨ちょうしこつほどの小さな木々が
壁の清楚な灰色から離れて ゆらゆら
伸びをしながら空をさがしている
ヴュー=コロンビエ通りの借家に引っ越してきた
スロバキアから来たという少女と
出会ったのもそこ
廃墟のような庭と 隣り合うはずのない
植物たちの共存から生まれる無国籍な感覚
だれも知らず
どこにもない奇妙な空間が
彼女の存在をより非現実的にしていた
脱色した トウモロコシの毛のように細い金髪と
少女の瞳の中心にある姫茴香ひめういきょうの種子が
ぼくのハート―心臓ではなく
不滅なもののほう―を
鉛のように重苦しく捕らえて放さない
それは去勢コンプレックスを引き起こしそうな
妖精の曖昧な眼差しであり
ぼくは魔性の目を呪文で追っ払う
シチリアの水夫のごとく 唇だけをもごもご動かす
どこかで夜鷹が金切り声をあげた
天窓から夕暮れの陽射しが洩れ
今やそれは真鍮色の錨を地に沈め
壜中の帆船のように落ち着いている
低い光からさほど遠くない壁に
移民の家族の古ぼけた写真がピンでとめてあって
それが彼女の持つ唯一の記憶であり
こなごなに砕けた航海の夢の
方位磁石の幽霊だといわれてもぼくは信じた
それから ぼくらの姿が映った
鏡の真ん中に
ジグザグの裂け目が入っているのに気づいて
再び驚いてしまう
もしかすると すでに少女と二人
鏡のなかに捕われてしまったのではないかと

タグ:

      
                  

「作品2012年3月30日号」の記事

  

One Response to “魔女の庭   石田瑞穂”


  1. S M
    on 4月 3rd, 2012
    @

    久しぶりに石田瑞穂の詩をよんだ

    少しはおっさんになったかとおもってたけど、
    そうじゃないみたいだね

    会いたくなったよ

    これからも楽しみにしています

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress