星の匂い 山腰亮介

星の匂い   山腰亮介

真夜中の机の上で
ふせんと一緒に捨てたはずの
感触だけの指が
いつかの夢で地下室に広がっていた
雨上がりの空のように
匂う。
すると突然、忘れていた言葉が
窓に激突して死んだ
雪花石膏の羽根いちまいに
にじんだ赤の冷たさに
灯る。

騙されているよ。

ここにはいられないから
あたらしい空ならばどこまでも行けるって
思ってもいないことを呟いて 外に出た
足もとに転がる橄欖石は
もう動かない
つぶれた眼球となって注視している。
緑道では無数の扉たちが浮かんでいる
ノックするものはいない
ノックしても返事はない
失くしてしまった音があるから
僕らという言葉で
もう巻き込むことはできない
シリンダーのなかの冬が 遠くの部屋で軋んだ。

眠る場所がどこにもなくて
雨の死骸に 降りてゆく貝殻の渦に
斑状組織のひとつひとつの静寂に
うずくまった。
昨日はほんとうに昨日だったのかと
夜に訊ねても
夢は答えてはくれない。

桃の樹の気配だけが傍らにある
指も 音も 靴も 失くしてしまった
それでもこの狭い世界にある
ちいさな 星の匂い。

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