ほほえみのかたちに 来住野恵子
満月を過ぎればもはや賭だから
無我夢中で飛び出してきた
なつかしい水の声を聴ぎ分けるため
目も見えず
口もきけず
ままよ とばかり薄明の荒野へ
爆発する抗しがたいちからにふるえおののき
全身怒号となって泣きさけぶ
生まれることは
途方もない理不尽だ と
滞在二十日目
死にものぐるいで乳を吞み
おしっこうんち
あとはただ眠れねむれ
・・・ねむるもんか
未だ一滴の涙も浮かべず
破れた世界地図のように何としても泣き止まぬ
今宵もまたゆらゆら
不可視の水脈を探して旅に出る
やわらかくてしめっぽくてあったかい
わずか四㎏にも満たぬ生命体
宙をゆられて
にわかにおとなしくなり
さだかでなくこちらを凝視めている
星の水源さながら湧出する
ひかりなのかなんなのか
ふかい目のこの世ならぬ透明さに息をのみ
思いがけない言葉がこみあげる
たとえ世界がきみを棄てても
きみはきみをぜったい棄てるな
この両腕に投げ出された
全幅の信頼を担う大地は予めきみのなかにあり
きみはそこに立って無窮の空を抱くのだ
祈りを天地に折りたたみ
性も根も尽き果てて
やがて汗くさい敗北の眠りに落ちる
いたいけな顔のなかに
今生を眠れぬ男たちの
竟に癒されぬ青ざめた貌を見る
死ぬほど苦しんだかれらのそしてじぶんの
底知れぬ弱さを
(ゆるそう
いまならゆるせる
あどけなく放心しきった
半びらきのくちがかすかに動く
あらゆる発語に先駆けて
いのちの無垢な
淡いほほえみのかたちに