第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門奨励賞
夏の逃走
さとうはな
まみどりの髪はあなたのたてがみと思うよ強風ハローの夜更け
崖下に海を眺めながら ふたり歩いた
暗いし、海面は遠かったけど 水がつめたいことも
波が激しいことも分かった
海風に髪をめちゃくちゃにされながら
どこまでだって歩いていけると思った
道端の風リン売りから買った地図をひらいて
トーキョーまでの距離をたしかめる
さんざん迷って、金魚の風リンも買った
青い硝子鉢の中に金魚が泳ぐ風リン
ほんとうに生きている本物の風リン
波の音、海風の音を聴き分けてあなたは眠たげに目を伏せる
夏の夜のにおいは雨に似ているねかわりばんこにラムネを飲んで
うつくしい誤字はたしかに地図にあり薔薇もアザミも海に咲くこと
明日なんてないってような遊び方をしようよ爆ぜる花火を掲げ
(どうして炎を見るとこれほどになつかしい気持ちになるのだろう)
この湾の向こうに見えるトラス橋
その橋を越えた先にあるのがトーキョー
ほらあれが密入国をしようとしているひとたち
あなたが指さす崖下 すこし奥まったところにいくつかのちいさなボートがはりついていた
目をこらせば遠く、まっくらな海水にゆらゆら漂うボートも見える
沿岸警備のサーチライトがときおりわたしたちをかすめる
あなたはいちご味のポッキーをかじりながら
もう一生お菓子しか食べないなんて宣言をする
草笛の運んでくれた風いちまい
アロハシャツやたらに似合う共犯者
暴力を語れば溢る砂糖水
密入国者のうち 四割は海に沈み 三割は銃で撃たれ 二割は収容所送りになり 一割は行方不明になるという
(そのときがきたらどんなふうに死にたい?)
通り過ぎる車が 時々クラクションを鳴らしてゆく
車のヘッドライトがわたしたちの影を長くして、そしてまた短くする
見たことのないトーキョーをわたしは想像してみた
ひかる大きな観覧車 森の中に建つビル 真珠色のムービングウォーク
公園には噴水があって、売店にはユニコーン色のわたあめが売られている
たぶんきっとそんなふうだ
風リンの金魚がちゃぷんと跳ねた
からだごと飛ばされそうな風のなかなんでもないって言ってみせてよ
真夜中にあなたが語る詩のなかの海鳴りあれがほんとうの海
暗やみに撮った写真のやわらかな輪郭、あなたの手のあたたかさ
知ることは怖いことだねさめざめとあなたの髪に指さしいれる
バス停の錆びた支柱にもたれつつ、でもそれだって、はじめてのキス
(そのときがきたらどんなふうに死にたい?)
遠く、銃声が聴こえた
空は暗すぎて月も星も見えない
はつ夏よ夢のすべてをかなえたらどんなふたりになるのだろうか