第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門候補
風船
雨月 茄子春
二月、
池を見ればそこに何かがあるように集まっていく鴨、陽の当たる
公園で、休めるところを探した。
剥げている手すりに足をそのように乗せてベンチでコーヒーを飲む
コーヒーはマックで飲みたかったけどやめた 隣が煙草臭くて
座っていられなかった。お店を出て、線路沿いに公園を見つける。春を呼び込むようにがらんと空いた公園。いつもより音に敏感になる。
月曜は振り向かなくても踏切が鳴ったら後頭部をゆく電車
踏切はあまねく二月を切り分けて
ベンチに腰掛けて、思い起こすのは今日のこれまでのこと。
昼だから家主のいない家で焼く豚肉ちゃっかり洗濯もする
家主は働いていたから、朝ごはんを食べて送り出したら暇になった。
髪色でどっちかわかる(掃除機をかけたい人だったらどうしよう?)
家事を少しだけした。床の髪の毛の中に、金と緑のわたしの髪の毛がある。掃除機をかけるとその部屋の居心地がよくなった。本棚に歌集を見つける。読みながら洗濯が終わるのを待つ。
十四時に木陰になった 午後からの洗濯向きではないんだろうな
ゲームを攻略しているような気持ちで
四泊くらいできたらいいけど、冷蔵庫にはまだ手をつけないでいるけど
ベンチに座って公園を眺める。公園を訪れる人の多くは老人で、ときどき赤ちゃんを連れた人が散歩をしている。わたしのように、暇を持て余している若い人も二、三人いる。
何もないための時間があることをわたしは定職と引き換えに
したのだと思う。部屋を出るときに持ってきた
文芸誌に自分の名前が無いことのベンチにコーヒーが冷めていく
友人や知人の名前を本屋で見ることが増えてきた。コーヒーを飲み干してベンチを離れる。わたしは散歩をしながら、誰にでも等しく流れるという時間のことを考える。
持ってきた荷物が部屋に馴染むのと出ていくまでの時間と、それ以外
水面を離れるために羽ばたいてしばらく水と一緒に飛んだ
時間。
潜るとき首がにょいっと伸びて今ハサミがあったら切ると思った
水底に口先で触れるときひとり
迷子のような
風船が飛んでてほしい平日の空のどこにも雲がなかった
居場所のなさは
水紋が池に戻るまで眺めたらネットバンクで残高を見る
減っていくのはお金だけじゃないはずで
働いていない暮らしが当たり前になってきてからたくさん歩く
早上がりしてくれた家主と落ち合って、銭湯に行く。銭湯代を出してもらう。有休をとって温泉旅行しようという話が出る。「俺も仕事辞めたいよ」と言われる。「やりたいことがないことが苦しい」と言われる。わたしは書きなよと思う。「何してたの」と聞かれる。「公園行って、鴨を見てた」と言う。「そういうのが一番良いよ」とつぶやくのが聞こえる。「明日、朝何時に出ますか」と聞かれる。明日はもう泊まれないことがわかる。露天風呂で目を閉じる。
昨日、
髪染めてるんですねをいただいて見せたインナーカラーのグリーン
ときどき、
遠回りするとき春地蔵の笑み
今日、
笑うだけで持っていないとわかったらわたしを離れた鴨たくさんの
今日、
指先を冷やして打ったメールには 跳ねるように歩くわたしのいない街
目を開ける。湯気の中に、風船が見えた気がした。
水槽や庭に設けた池などでペットとして飼育される魚類
——Wikipedia日本語版「観賞魚」より 2024/03/31閲覧
松浦 やも
いきものとわかいしたことはありますか めをみつめたことはありますか
教室でかってる魚の世話が週に一回あって、
わたしは魚を水槽からだす
魚はにげなかった
魚はわたしの手に全体重をあずけた
水槽からわたしは一匹魚をだして、
桶にいれた
水槽のおおきさは
見た目ではふつうだったけど
魚がたくさん入っていた
かぞえてないけど、たぶん30はこえていた
ここだけが世界で色のある場所だそして世界に黄緑はない
魚はびりびりのお財布ぐらいのおおきさで、
わたしが触れればしずかに動きをとめた
一匹いがいぜんぶを、わたしは水槽と壁の隙間に並べて置いていった