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流体
早月 くら
初夢は清潔な火の匂いして大荷物のひとから醒めてゆく
深いふかい紫色の
どうしてこんな色を選んだのだったか
キャリーケースを捨てた
昏い 直方体
そのなかにこれまでの旅の残滓が
砂のように埃のように
信号待ちに降りかかる冬の陽のように
すこしずつ、すこしずつ積もっているとしたら
固着
ひとつひとつは風に似た軽さで
それを運ぶ者の歩幅をわずかに乱し
癒着
いくつかの時差をまたいだ地層から
ふいに異国の挨拶がこぼれるように
芽が、出るかもしれない
蕾が、つくかもしれない ら
か
い
地中へ根がまわればもうどこへも動けな
だからキャリーケースは捨ててしまった
一月は夢見の季節 水曜の川原の石にさわったりして
森のなかの記憶のような 雨後の町歩めばひかえめな反射光
雨上がりが、わたしたちに町の微細な凹凸を見せる
大雨のたびに
海
となる交差点の底には
いくつもの浅い窪みがあって
その奥に
空 空
空
空色はたったひとりの冬の日に生まれた呼び名、距離、渡り鳥
移ろうことをいつかわかる? その日から閉ざされている砂利の駐車場
風の冷たい、冷たい日々に
定刻をとうに過ぎておとずれる感情を
目を閉じて待っている
瞼は風を遮ることができる
風は瞼にふれることができる
ねむるたび氷柱を延ばす高架下
感情がやって来て
わたしは感情に乗り込む
暖房の乾いた匂いに満ちて 遠景
陰に寄り添う指をひらけば 明転
そんな花弁を音のない午後
いつまでも見つめたことのあるような
あかるい 直方体
窓へ近づくと
吐く息の冷やされるのがわかる
風景は曇る
感情に運ばれる 躰のほうがあたたかいということ
図書館のような眠気がずっと、この声もいずれ港へかえさなくては
過ぎることはわかることではないけれど褪せた、さくら色の路線図
終点はふと目的地の顔をやめて
感情が去ってゆく
凪
ながい散歩、川原に出たり離れたりしながら、年月という流体
春隣 東のほうへ寝違える
三月は夢見の季節 ありとあらゆる桟橋のほころんでゆく