お下がりを着て 梅内 美華子
岩手県小岩井農場
思ひ出をつくりたいのはなぜだらう牧場の露を蹴散らしてゆく
をかしいね唐黍畑の脇をゆくときもみんなでマスクをつけて
鼻まで甘いソフトクリーム舐めながら小岩井農場の味を覚える
遊び場と道を隔てて鳴いてゐる牛たち 本当は、と鳴いてゐる
向日葵の種は油になるんだよ黄色い畑が香ばしく見える
たくましいをばさんでゐたいよぢのぼる夏のお尻を下から支へ
「もうけつしてさびしくはない」牧場の青い丘から賢治の詩が吹く
母の傘寿祝
紙重ねふはふはの赤き花束が母の手にあり誕生祝ひに
銀色の太き指輪はぴかぴかの折り紙 孫から嵌められてをり
八歳の子が十倍と驚きぬ母も驚く自分の八十歳
八十になりたる母は聞かれをり生きてきて一番嬉しかつたこと
生きてきて嬉しかつたことを語るとき母は女子高生になりをり
母の時間わたしの時間が重なるを人生の中の愛と思へり
甘えてると言はれてきたが甘栗よ母がゐるからしつかりしてる
月光にすすきも枯れぬ丸き背を母が一番悲しんでゐる
フリースのパーカーを着て買物へ母は私のお下がりを着て
ぬひぐるみの耳にリボンを結ぶ児を寝返りしつつ思ひ出したり
プロフィール うめないみかこ 1970年青森県八戸市生まれ。東京在住。
「かりん」編集委員。歌集『横断歩道』『若月祭』『エクウス』『真珠層』等。