第9回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載
西遠叙景
尾内 甲太郎
だがしかし、人間たちが去ったあと残ったものが
風景だったとするならば、しからば、その風景が
去ったあとに登場するものは、果して、再び人間
なのだろうか。(松田政男『風景の死滅』航思社)
秋の夢はまぶしくて眠れなかった
最終便を漏れた水たまりを爆ぜさせ
横たわる河川の死体をふたつ越え
コンクリートの化石へもぐりこむ
終わることのないベーグルのものがたり
山へ 湖へゆくバスの群へ
すぼんだ顔の制服たちが吸いあげられ
波うつ背丈の勤め人たちは
芯をとらえられからっ風に色づく
トールサイズ、ホットのフェミニストをおつくりしています
トイレ前の列にいる顔はきれい
はちきれそうなほど
柑橘類を膨らませれば
罪滅ぼしになるのか
うずいてほつれる乳房も
映画館も やがては落ち葉の音のなか
こすれるのことない幼い声をまねて
愛されたいだけなのか
いまはたとえ繁殖しなくても
ただ己の体を消費されてゆくだけのユ
あらい画素の一粒一粒が翼だった
北風は 身バレを恐れ
ほとんど県外からの出稼ぎ
知らない手はきっとすくい
象だけが鮮やかで
ライオンとシマウマは
色褪せている公園
お熱いので指をいれて
脳みそがこぼれそうになって
百えんはうすレモンで買ったバケツ
反論はひとつもなかったよ
ただ修辞では背こうとしていたね
壁の落書きは ポルトガルでも
フィリピノでもない
誰も読めない言語なら切手のない手紙
春になりそこねた魚たちは
みんな鈴木と名付けられ忘れ去られる
煙草屋の一角へ銀河団が寄り添えば
用水路は筋肉のすみずみへ思想を届よう
窓ガラスを叩くのは檸檬味の鰐だった
ヒトが戦争を考えなくなったとき
同時に詩歌も地上から消え失せる
やがてネアンデルタール人の朝焼け
太陽を三センチだけ注いでください
安心して みんな誰かの被災者で
すべての県はどこかの被災地
マイクロシーベルトの雨が紫陽花を
金色へ変える朝だって ある
夏のすきまから鳥の糞がふりそそぐ
大丈夫だよ 島は詩人たちの目垢で
夏の葉は星のできそこない
えんぴつになるまえのえんぴつで
夕焼けに遺書をしたためよう
人類のはじまらない世界線へ向け
戦争が終わったら健康診断を挙げる から
つぶれた声で歌って欲しいな
たぶんこれで最後の結婚式になる