連載第9回 魔術 横山 黒鍵

連載第9回
魔術
横山黒鍵

 骨から流れる光線の網
 空に
 隅々まで張り巡らされ
 雨はやさしく賢い獣
 季節の喩を手首から垂らし
 乳も卵も持たぬ
 わたくしを泡立てる
 

やぶれかぶれのまま撃ち返す。コマドリを狙うように、その番を狙うように。くろい外套に身を包んだ男は肩を怒らせて銃口を据えるのだ。ミョウバン色に染め上げられた空。夏枯れの駅舎には原動機として鳥の群れがぶうぶう鳴いている。そのような寓話が書き記されてなお、鎖に繋がれた巨きな義父が大地を這い出す、膝のいまいましいふくらみが山を削る、そんな神話じみた作法で転がり落ちる火をいなす。糸車を回し紡ぐように、そして鋏で断ち切るように、三つ子の老婆が暑さの中に身を寄せ合っている。額にびっしりと汗を浮かべ、秘密めかして青銅の鍋をゆっくりとかき混ぜるように。密談の秘裂をゆっくり形取るように蜜流れ、ふふ贅沢に注ぎ込みましょう。泥と無花果の葉で蓋をして、じっくりと蒸し上げる。大茴香の芳ばしく香る剃刀が青ざめチリチリと音をたてて、その体温に保存された命だとか魂だとかそう言ったものが薄く滲んだ血の画。旅はまだ続くのですか、身重のまま問えば、その問いに擦り切れた皮袋の笑い声があがる。脈々と湯上がりを待てなかったグレートヒェン(長い髪は濡れている)黒い影が立ち上がって語られる違語の、けれども轡を剥ぎ取って、きっともう答えなくてもいいんだと泣いている。たとえばその二人は恋をしていた

 鳥肢からはじまる
 語られぬ言葉を
 もちろん
 梔子は噤んでいた
 静かに名指される土塊の
 とこしえ、というみどりを
 ただ食い荒すだけ食い荒らして
 大透翅は飛び立つのだ
 切り抜かれた
 ヒエログリフ
 その鱗粉を集めて
 焚べる指の
 雪欺いたはつなつの零度
 影の色をした人たちが知らない言葉で
 物語を紡ぐ
 口々に咲く
 朽ち歯を呪詛として
 象牙色の水面を游ぐ
 水鳥たちの罅割れた肢

魔術から解かれるたくさんの撞着を瞳の王は風にみる。鹿の角に突き抜かれた心臓の、それでもとくとくと刻む言葉は枯四葩の手毬唄。雨は降り続けるまま、しかし乾くことをやめない。神話の昏がりとして街をくぐり抜けるパサージュを通り、亡くなったものたちが焼け残り流れるのを見ていた。コーヒーが運ばれてくる。小さく舌打ちして、煙草を咥えるとやがて雨に見透かされて、あなたの呼吸は浅くなる。とうめいな息だけれど口に口をひらいて、人々は花の形に繁り出し無語の渉猟を始めるのだ

目のうちに凪いでほしい
架空のこどもたち 
鍵つたう朝顔のしずく
待ちぼうけた高市に
一枚一枚と焼かれていく干菓子
虹かかる花壇にはなやいで
絡まる虫の息 虫の音の
そよいではそよいで
季節のまた季節に
鰓に刺さる九九
ぼうとした母たちが
子を甘噛んで汽水の息に結ぶ

憂鬱な時はバスタブにボムを投げ入れ、どこか遠くにいるはずの架空の友達を思い出す。そうねあなたの人生はくそばっかりだわ、派手な色の泡の中に泡があって、競るように隣り合ったそれを弾いていく。どんな気持ちなの、せめていい匂いだけでも残しなさい。最後にはカルシウムの白墨が一条線を描く。それはきっと通信機の代わりに魂の振動を伝えてくれている、にちにちと

ねじ花の花冠
ささやかな私語のうち
ほろほろと淡水の硝子に
やせていく母語と母語
の隙間
に息を吸う金魚
鰭に木と匂い
飛魚は水に遅れて
沐浴に棲まわせる
ともだちの距離

ハロー、聞こえる? やばいことがあってね、もう死にそうなんだ。大丈夫? 大丈夫に見える? でも生きている。ああ、生きているよ。引き出しの中からカビたガムが出てきたような最悪なこと。大したことじゃないじゃない。この世にはもっと悲しい目に遭っている人がいるのよ。
知ったような口ぶりで神話の友人は饒舌を泡の上に滑らせるのだ。ねえ、この世の昏がりはやがて必ず照らされるためにあるの、そんな百均の懐中電灯みたいな言葉のうちに、帰らぬ葉の名残を見つけて、だからオーケー、道のりは長く、距離は儚いものだもの。そうして結末をもたらすのは、悲しい差分に満ちたつめたい軽蔑だった。生きるとは貶めること? そんなのは許せない。フンガーと鼻腔にたくさんの音符を詰め込みながらシャボンを舌に遊ばせる。
蟹のあぶくの真似をする少女。浴室の中にいて、吹いているのね 風 なんて。いいよ、もう。ばらばらの光にさらわれた架空の友達。バスボムの泡が全部消えるまで、冷めたお湯の中でずっと待っててあげるから

 喉に吹き荒れる
 撞着の咳が
 鼻濁音をそよぐあくびの
 たてがみを揺らす
 一度蒸してしまった消失点は
 手の甲に浮かんだ樹形図を
 そっと接続して
 濡れる芝の上を
 はしりだす足音だけの
 禽獣

全然痛くないよ、そう言って鋭角の例を喉に滑らせる。街の光景は深夜に捨てられ続ける。深夜といっても誘蛾灯の安っぽい光が、安っぽいがために手放せなくなった人たちの足元を照らす。経済とか価値だとか、通俗の中に散文としての吐息が混じっていく。物語に生かされている足の影が「時間だからもうイって」とアナウンスしてくれる。消費されたがる人たちの生ぬくいビニール袋に、分娩されるビニールの精。気高い原色を添加してみたようなサベ。蛞蝓と活喩って似てるよね、だから絶妙な味付けは七振り半。ぱっぱっぱっぱと同じリズムで、そうね、もうすぐファシズムに停まるから、デモクラシーとモダニズムが、頭陀袋をかぶせられて出荷される。
左の眼球の上を、そのまま這うのだ。イキんでは産まれてくるか細いほのお。捨てられる側だったのは女だったのだ。水草のようにゆらめいた夏の烟草の煙がほのおだというのように、ごうごうと滝の音を模して多目的トイレを案内し続けるアナウンス。華厳のアナウンス。無表情に電車を降りてくるアナウンス。掠め取られた自尊心にも誘蛾灯は囁いてくれない。流れに流れ続ける案内アナウンス

なかばの書架が
平熱の蜂を手放して
風を耳とする
いろめいた群れの
口のかたちは引き寄せられて
終わりの水草が
抜け落ちていく言の帆たちを
音、擦れる

おとひめおとひめ。瀬をはやみ岩にせかるる待ちぼうけ。結局誰も乗せることなく電車は出発する。それが終電でも気にしないのか、そのまままち続ける。郊外に語り継がれるような破調。草のよく茂った駅舎の脇の空き地から、ひかりを伴って虫が飛んでくる。ほほずりの音をひとりでは奏でられないように、かなしい夏の甲虫は自分の反射するひかりも目に入らない。正しいアナウンス 
Chained ghost 肉体のないふりをしてエンターキーに残す体温
こちらですこちらですこちらです。
バスに投げかけられる桃色の塗料。茜の空に

夏としてゆらぐ目のうち
虹彩に游ぐ
架空のこどもたち の
忌日

トートバックの中へ出産。誰かの大地に月経カップを挿入して、ああ、お風呂で洗えばいいからね。十二ヶ月を模したように産まれ続ける神話たち。たったまま放尿する術を覚えてもう削られることのなくなった山々のアルケー。足にチェーンが絡まって、一気に水が抜けていく。またお風呂か、隠される真裸の、左耳を掠めた天使の銃弾の、手渡されたスイッチをいくら必死で押したって、望むようには痛み止めは流れてこない。静脈が震える。あれれ、これじゃ神話だ。灰色のTシャツに包まれることのないように。音を殺して、けして流されることのないように、会陰をハサミで切り展くジャギジャギという音。変色したステッカーは頭文字。誰もほんとうは見ていてくれないのだ。やまない呼吸。呼吸。呼吸。だから、可哀想なグレートヒェンよ、すまない、もう一度、

 はじまりのことば
 喃語としての乳歯が
 乳も卵ももたぬ
 わたくしを泡立てる
 やわらく
 潰さぬように
 なつのひかり
 その祈りのように

朝、
入り口でとぐろを巻いていた蛇を踏み殺した
そのまま歩きだす歩道橋
神話を、祈りを、
魔術に変えて
町(ひと)は陽炎に炙られている

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