鈴なり 白鳥 央堂
朝市で買った本を胸に抱いて雪と、
はじめての白い息に重ねて遡行する。
凍えた耳と、肺のだれもいない一本道
雨に飾る旗が萎れて、野良猫のための空缶へうなだれている。
花を買って帰れたら
きみにあやまる
ぼくは本をつくった。天窓にアクリルの星を散らして、若草を鈎針で編んだ。拾得物のために、叩
いた軒を忘れてゆき、言葉は白紙に成った。
きみにもすきなひとはいるだろ。機械漉きの和紙に、太陽のクロワッサンを模して描いた。雨に飾
る旗が、点々と空家を指して、水垂れを起こした。
ラジオを調律した話をおもいだした
あれも冬の朝、
それから文化祭の放課後、
白い息に声を重ねて
天窓にかかる
言葉は白紙に成った
だれかが子供の手を離した。後ろから追い抜いてくるチョロQが、雪を被ったまま花壇のまっすぐ
な並びに消えた。ぼくの路地は曲がる。泥に塗れて読めない文字。
サキアカネを細る
くちに挿して壜を揺らした、一輪の花を、架空へ投げ上げて
細る気持ちは
遠くで、電車のドアが閉まる
遠く、鈴生りの樹が震える
好きな花を介して、総てを聴くことができた夜から幻の日暮れを除いて、均等に巻き返す。ねえ、
ねえぼくは本をつくった。犬の湿った鼻、アリーナをかけて眠る朝。手渡すこえは、無響室にいる
ようで、プラットホームの水鏡を無限に割って、きみの両腕のかたちまで思い出せる午後へ。ごめ
んなさい、さよなら。もっとはやく。
ごめんなさい、さよなら。もっとはやく。
風に巻かれて、雪にひるがえる旗。雨に飾る真昼の星は、記憶の裏山と名を逢わせている。葉に添
う愛(アオ)でと、空家から水瓶色のピアノの音、歩いても歩いても。連弾が聴こえている。
朝市まで引き返して、堕落した文字を消して、ぼくのつくった本を、爪先で回る風に叫ぶ。ありが
とう
背後で子供の声がして、飛行機雲をみあげた。
幾筋も重なっていた、その空がぼくに被さっていた、チョークで掻いたきずをねむる、めはさえな
がらひびわれた鈴鳴をめざす。
みんな、白い息の美しさに、耐えているようだった。
たちどまったまま、いきどまったまま、
きみが、雪の花でもよろこぶのなら、
めいっぱい胸に抱えて、この迷い道をただ
まっすぐに帰っていく。