手のひらの海 阿部圭吾
車窓から本当の海を眺めつつ海に似ている場所へ向かった
潮風は吹くけど帰る場所がないここで生まれたという子アザラシ
退化だね、って君と笑って潜りゆく水族館は命のにおい
マグロ回遊水槽ゆがむ群泳の痛いくらいに光、まぶしい
水槽に触れてかすかな深海がたしかに手のひらにあったこと
たましいのようにクラゲは揺れていて本当は溺れているかもしれない
ペンギンのにおいをかげば思い出す記憶として君とここにあること
生まれ直すようにのぼった階段で名付けあうところから始めたい
手のひらの海であなたに触れるとき遠くで生まれ続ける波の
阿部圭吾(あべけいご)
早稲田短歌会所属。
短歌同人誌『ひとまる』参加。『ぽてと』『さけさけ』でフリーペーパー等を出しています。