瞳のジャズのなかで    松山尚紀

瞳のジャズのなかで    松山尚紀

 これは陰影を礼賛してしまった私たちに対する罰なのです。激しい雨が降る。決して愛し
てはいけない陰影を愛した罪。雷の夜が私たちの共同体のなかを走る。私は地下鉄で踊るこ
とを許された人間だ。白い仮面をかぶって、女性と手を繋ぐ夢を見た。死期はもう近い。別
にだれも蔑視なんかしていない。ただあの音が嫌いだったんだ。不吉で人を苛立たせるあの
音が。通りすがりのあの音。それは陰影を礼賛してしまったことに対する罰。ほんとうは光
が好きだったのに。光と言えば、風呂の匂い。なんて輝かしい匂いなんだろう。アジア人の
女性奴隷を側近にしていたとされるクリュタイメストラも古代ギリシアの英雄アガメムノ
ンが風呂に入っているタイミングを見計らって、彼を殺害したね。弟のオレステスと姉のエ
レクトラはクリュタイメストラを殺害したけど。私は探してしまうという罪を背負ってい
る。そう。何度も探してしまうという罪。探してはいけないと知りつつ。欲望と罪。ゴルゴ
ダの。私が最初に彼女に会ったのは、瞳のジャズのなかで、彼女がスタンウェイのピアノで
弾く美しい「Night And Day」のなか。もしロマンスがこの世にあるのなら、それはきっと
瞳のジャズのなかにしかないだろう。たとえ相手が好きな人でも、ふつう瞳って触れたりし
ないでしょう? だからなんだと思います。傷なんて触れないほうがいいでしょう? 容
易には。こんなことを言うと、いつもあの嫌ったらしい音が運ばれてくる。現実と同じ角度
でしかものを見られない、嫌ったらしいあの音。通り魔の喜悦の叫び声。嫌いだった。共同
体を走る雷の夜に関して言えば、私は恐ろしい悪夢であなたたちと一緒に気怠くなること
しかできないですよ。イエス。引き止めないで。物語は展開されるのを待っているから。無
理に引き止めないでください。抑圧しないでください。浅草橋。北鎌倉。とか言って。引き
止めるのはやめてください。私は物語という名の愛を成就させたいのです。地獄を見るとき
の目で彼女は私を引き止めた。あの歯。あの胸。あの左手。狂人日記を書かせるための。情
熱はいったいどこへ行くのでしょう? 消えてなくなってしまうのですか。こんなに愛し
ているのに。共同体なんて、死なんて、全部吹き飛んでしまうくらいに愛しているのに。時
のステージに立ちたい欲を満たして。罪に暗渠する詩体で。くすぶった八重歯の。黄金の左
手で全てを変えてみせるから。紺色の現在を切り開いてみせるから。瞳のジャズのなかで。

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